虚勢
―ドミニク劇場 夜―
「――何事ですか!? っ!?」
悲鳴を聞いて現れたエメは、両手で口を覆い隠して目を見開く。広大な部屋の一室の中央に置かれた椅子に紐でぐるぐるに縛られ、ぐったりと生気なく座る屋敷の主人の姿があった。見れば分かる、既に彼は死んでいると。
「お、おい……これは、どういうことだよ」
「そんなの、こっちが聞きたいくらいだわ。ど、どうして死んでるの……」
「ママ……怖いよ」
「嘘だろ? 父さん……」
「このようなことが、何故……」
屋敷に閉じ込められた招待客は、口々に絶望に満ちた言葉を漏らす。その中で、唯一平常心を探偵は保っていた。そして、彼は疑いの眼差しを来たばかりのエメに向けた。
「……どこに行ってたんすか?」
「え、えぇ? 私は、トニーを探していただけです。皆で手分けをして探そうと仰ったのは、探偵さんじゃありませんか? この状況で、私だけがいなかったことが怪しいと思われるかもしれませんが……ね。辺りが何やら騒がしいとは思ってはいましたが……元気な方々が多いでしょう? ですから、特別気にしておりませんでしたの。しかし、流石に悲鳴が聞こえれば気にもかかります。たった、それだけのことで疑われるのは心外です……ぅう」
疑いを逸らす為にエメも必死だ。見に覚えもなく不審に思われた挙句に、遺体まで見て傷付く女性の演技をする演技をしなければならない。本来なら、あまりにも難しい要求だ。しかし、今の僕には自然に出来た。
「酷いですわ……」
偽る為の涙が溢れた。泣く素振りだけでもいいと言われていたのに、自分でも驚きだった。
「え、えっと……いや、そんなつもりで聞いた訳じゃねぇんだよ。職業病というか、こうなった以上とりあえず聞かねぇとって……」
「怪しいのは、この屋敷にいる以上全員ですよ。無論、探偵である貴方も」
「そりゃそうだが……すまん」
申し訳なさそうに、彼は頭を下げた。
「い、いえ……私の方こそ、年甲斐もなく泣いてしまって申し訳ありません」
涙を流し、声を震わせながらエメも頭を下げる。
「とにかく、全員でこの部屋を調べましょう。全員で全員を監視しながら、抜かりなく調べるのです。平等に私達は怪しい。ですが、調べないことには事は明らかになりません。閉じ込められてしまっていますしね」
「え、閉じ込め……!?」
騒動の場にいなかった彼女は、知らなくて当然。だからこそ、初耳であるようなリアクションをしなければならなかった。
「えぇ、入念に準備した何者かによって中から閉じ込められました。しかも、先ほどのことです。つまり、犯人はこの中にいると考えるのが妥当でしょうね。無関係の者が勝手に侵入し、入念に準備出来るほどセキュリティは甘くありませんし」
「そ、そんな……」
「恐怖に震えていれば、思うがままです。ですから――」
「ふざっけんなぁ! 俺様は、もうこんな所に長居出来ねぇ! 人殺しと一緒!? ざけんなよ、お断りだ! 俺様は脱出の方法を探す。調べたい奴らは、勝手に調べとけ!」
虚勢を張り、彼は一人部屋の前から去っていく。その姿を、エメは鬼のような形相で睨んだ。それに、少年が気付き身震いをする。
『ひえぇぇ……! 泣きながら、あんなに怖い顔をするなんて。女の人って怖っ』
「お待ち下さいっ!」
執事がとめようとしたが、それを厚化粧の女性が制する。
「やめときなさい。何言っても無駄だわ。ああいう男はね」
「おばさんに同意するぜ。単独行動は危険だ。この部屋はきっと鍵に繋がる物があるはずだ。調べるぞ」
「誰がおば――」
「死体がある中探すなんて嫌! せめて、移動させて!」
少女が壁にもたれかかって、顔を手で覆い隠す。探偵は憂いを帯びた表情で頭を掻き、口を開いた。
「はぁ……しゃーねぇな。分かったよ。じゃあ、誰か手伝ってくれる人~」
手を上げたのは、執事だけだった。やっぱりといった様子で、探偵は失笑した。
「ハッ。じゃ、手伝ってくれ。部屋のクローゼットにでも移動させとこう」




