どちらも地獄
―ドミニク劇場 夜―
もう少しで僕の番が来る。時間が空くと、考える時間が生まれて緊張してしまう。沢山の観客や台詞を上手く言えるのかという不安――確実に覚えたはずなのに、悪い方にばかり考えがいく。
だから、意識を逸らす為に教えて貰った役の設定を思い返すことにした。
(復讐鬼エメは、生まれるべくして生まれたんだ)
幼少期、両親が離婚し母親に引き取られた。母親は、エメを育てる為に身を粉にして働いた。しかし、満足するようなお金は稼げなかった。やがて、それが原因となって母親は病気になってしまう。その治療費が欲しいと、エメは大商人である父にすがった。しかし、門前払いをされるばかりだった。彼には、新たな妻と幼子がいた。それでも、それしか希望がなかったエメは何度も何度もそれを繰り返し、ついに――母親は亡くなってしまった。
(救えたかもしれない命を失った。エメにとっては、何よりも愛おしい存在だったはず。父親を憎むようになるのも、当然だ。僕だって、もし同じような目に遭ったら……きっと、同じ気持ちになる)
自分は大切なものを失ったのに、父親は新たな女性や子に富、それに豪華な屋敷を持っている。それら全てを奪い尽くしたいと憎しみが積もっていくのも分かる。それが、どうしようもなく大きくなり、人としての道に反してしまうことになった。
(その先に何もなくても……今の気持ちを解消したい。それは、痛いくらいに分かる)
損とか得とか関係ない。今、自分がどうしたいか。それをどうにかしなければ、永遠に迷宮の中。正しい出口ではなかったとしても、外に出られるなら構わない。独りで抱え込まざるを得ない者は、必然的にそうなる定めだ。
(エメは間違っていたのかもしれない。けれど、正しく生きても地獄で生き続けることになるだけだった)
「――きゃぁああああああああああっ!」
「っ!」
耳をつんざくような悲鳴に、僕は思考の世界から現実へと戻ってくる。
(この悲鳴は、あの娘役の人のものだな。もうそんな所まで進んでいたのか……本当に、考えている間はあっという間だな)
そして、僕は立ち上がる。もう、過度な緊張や不安な気持ちはなかった。役の気持ちに寄り添えたからかもしれない。
(悲鳴を聞いて、ようやくエメは姿を見せる。そこで、驚愕に満ちた表情を浮かべる。今まで何をしていたのかという探偵からの問いにも動じない。騒がしいのは知っていたが、元々騒がしそうな人達ばかりなので気にしていなかったと説明する。よし、大丈夫。うん、絶対に……)
次の登場のシーンからの流れを振り返り、息を一つ吐いて、駆け足で舞台上へと向かった。




