小心者と
―ドミニク劇場 夜―
チャイムを鳴らして現れたのは、恰幅の良い男性だった。
「この俺様に出迎えなしで、チャイムまで鳴らせるとは。って、なんで兄貴の家に知らない奴がうようよいんだよ」
不満を垂れながら、彼は執事を睨み付けた。
「申し訳ございません。私も、先ほどこちらに戻ってきたばかりでして……」
「あ? んだよ、言い訳か?」
「いえ、決してそんなつもりは。しかしながら、不快な思いをさせるなど執事として失格でございます」
彼は、横柄な態度で近くにあった椅子に足を組んで座った。執事は、そんな態度にも丁寧に応じる。
「なんて傲慢な……」
軽蔑的な眼差しを向け、僕は小さな声で呟いた。頭につけているマイクが、その声をしっかりと拾って観客席に届ける。あくまで観客席に聞こえるようにしているだけなので、役者は誰一人として反応を示さない。
「まぁまぁ、そう怒らないで。もしかしてだけど、おっさんも招待状貰ってここに来た感じ?」
「何故、それを!」
彼は、驚きの表情を浮かべる。
「ここにいるみ~んな、招待客なんだ。あ、でも俺以外ね。ほらほら、皆招待状出して」
探偵の呼びかけに、それぞれが自らが持つ招待状を取り出した。
「ほぅ……執事にまで招待状を?」
「実は、しばらく休暇を頂いていたのです。ですが、突然これが送られてきまして……奇妙さを感じております。ですから、旦那様に直接お伺いしようと。皆様、私と同じ考えにございます」
「なるほど。長年仕えてきたお前にも分からないか。かく言う俺様も、全く兄貴の考えていることが分からねぇがな。招待状なんて送るタイプじゃねぇ。本来は、無理にでも連行するような奴だぜ? 兄貴は」
下品な笑みを浮かべ、この場にいる女性達に視線を向けていく。愛人を名乗る女性とその娘はそれに気付いても表情一つ変えなかったが、エメは違った。
「……卑しい表情を向けないで頂けません? 不快ですわ」
「あ?」
「ですから、不快だと言っているのです。私は、貴方にそう思われる為にここに来た訳ではありませんので」
「誰に向かって、モノ言ってんだよ? 殺されてぇのかぁ!? あぁん!?」
彼は椅子から荒々しく立ち上がると、エメに殺気立って詰め寄った。しかし、それにも彼女は冷ややかな瞳を向けたまま屈しなかった。
(強く強く睨みつけるんだ。座長さんの目を、しっかりと……その気迫に負けないで)
弟役を演じる座長さんの雰囲気は、まるで怪物のように見えた。演技であるはずなのに、そう思えない。同じ演じる側でありながら、恐怖を覚えてしまう。
(今の僕はエメだ。エメは屈しない。エメを演じ、僕を騙せ。嘘じゃない、これは演技だ)
「その度胸が、貴方にあるんですか? 私、お兄様から聞いていますよ? 弟は口先だけで、何一つ行動を起こせない小心者だと」
「な……!」
「お兄様から全部聞いていますよ? 貴方がどんな人間であるのかを」
「てめぇ、調子に――」
言い合いがヒートアップし始めた頃、再び探偵がそれを制した。
「だから、やめろって! 今は、ここの主人を探す方が先だろって! 言い合う時間は、見つけてからでも十分あるだろ!」
そして、今度こそ洋館の主人を探し始めることになるのだった。探偵と招待客六人で、これから起こる悲劇など知りもせず。




