彼の実力
―アリア ドミニク劇場 夜―
私の不安など関係なく、舞台の幕が上がる。そこにあるのは、二つのシルエットだった。一人は男性、もう一人は女性のもの。そうはっきりと分かった。
シルエットだけの情報だが、豪華なシャンデリアや大きな家具がある。男性の方はこちらから見て横向きに座っているので確信は持てないが、女性は上品に髪を結って遠い昔によく見た上流階級の服装に身を包んでいた。このことから判断するに、モチーフは数百年前くらいの世界かもしれない。
「素敵な屋敷に招待してくれてありがとう、トニー」
最初に声を発したのは、その女性だった。男性は女性に背を向けたまま、ゆったりとソファーに腰掛けて自慢げな様子で応答する。
「そうだろう? 自慢の屋敷だ。ここに入った女は、早々いない」
「あら、光栄だわ。そんな立派なお屋敷には一体、どれくらいのお金がかかっているのかしら? 英国一の大商人様」
女性はそう言って辺りを見渡しながら、徐々に彼との距離を詰めていく。
「う~ん? 考えたことねぇからなぁ。お金なんて、湯水のように勝手に沸いてくるしよぉ」
男性は裕福な商人のようだ。そして、女性は……恋人だろうか。しかし、年がかなり離れているように感じた。シルエットと声色だけの推測になるが、男性は恰幅も良くしわがれていて六十代くらいの声に聞こえた。一方、女性は細くて透き通った声。大人っぽさと幼さの狭間にあるように聞こえる。
「そう……それはいいわね。なら、募金とか……困っている人達に分け与えてあげたらいいのに」
そんな彼女の発言に対し、男性は豪快に反り返ってしまうほどに笑った。
「ガッハッハッハッハ! この金は、俺が稼いだもんだ。なんで、他人の為に使ってやらねぇといけねぇんだ。そんな馬鹿みたいなことをしてたまるかよ! 俺が俺の為に使い続けねぇと、金も泣くってもんだ」
「そうよね……貴方は、そういう人よね。えぇ、よく分かっているわぁ!」
その瞬間、彼女は彼に一気に駆け寄り首を絞めた。
「ぐはぁっ、何をっ!?」
華奢なシルエットからは想像も出来ない力が、込められているのが伝わってくる。彼の抵抗も、難なく彼女は首を絞め続ける。
「お前が……お前がっ! 母を殺したんだぁぁああっ!」
それは、まさに絶叫だった。差し迫ったその声は、会場全体の雰囲気を凍らせた。
「まっ……さァ、か……エ……」
彼は、最後の力を振り絞るように何かを言いかけた。しかし、それを前にして彼の腕はだらんと落ちて――。
「ククククク、アッハハッハハハハハハハ! アッハッハハハハハハ!」
女性の甲高い笑い声だけが、そこに木霊した。狂気に満ちた、鳥肌の立つ不気味な笑い声だった。
(凄い! これが、きっと彼の役よね。声が全然違うから、分からなかったけど……すっごい上手だわ!)
この女性の役が、巽だったなんて気付かなかった。元々中性的な声だったけれど、似せたら完全に女性だ。一日もなかったのに、ここまで仕上げてしまうなんて驚きだ。私の心配など杞憂だった
(とんでもない人と友達になっちゃった。かっこいいなぁ……)
私も、彼のようになりたい。困っている人を、こんな風に助けてあげられるような人に。




