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僕は僕の影武者~亡失の復讐者編~  作者: みなみ 陽
第二十六章 黒猫はいずこ
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それ即ち勘

―ドミニク劇場 昼―

 座長はステップを踏みながら歩み寄り、僕の隣へと腰掛けた。


「熱心に読んでるじゃねぇか、感激したぜ」

「……読みたくて読んでる訳ではないんですけどね。ですが、一度引き受けてしまいましたので……やるからには、完璧にやろうと。一人だけ浮くとか、邪魔だとか思われたくないんです」


 これは、ちょっとした強がりだった。彼を見ると、無性に腹が立ってつい言ってしまったのだ。


「その心意気だぜ! お前なら出来るって、そんな気が出てる」

「その気って……要するに勘ですよね」

「おぉん! だがよ、俺は人の見る目には定評があるんだぜ? だから、その俺の勘に引っかかったお前は絶対に出来る!」

「そうですね……ハハ」


 乾いた笑いしか出ない。この人に肯定されても、ちっとも嬉しくないのだ。そんな僕の様子を見て、流石に察したのか真面目な表情に彼は切り替える。


「まぁ、かなり無理言ってるのは自覚してんだよ。でもよぉ、どうしてもお前じゃなきゃ駄目だったんだ。殺人鬼エメの役が似合う奴なんて、あいつ以外にいないって思ってた中の奇跡だった」

「あいつ……って、この役を本当を演じる予定だった人のことですか?」

「そうだ。あいつは、本当にお前に雰囲気とか体格がよく似てんだよ。マジだぜ? それでいて、この小さな劇団の注目株だった。だけど、最近は演技とか将来のことで悩んでたみてぇでな……俺も相談に乗ってた。でも、力不足だったみてぇでよ。結果、一週間前に姿を晦ましてそれっきりだ。昨日まで、皆で必死こいて探してたんだ。それでも、見つからなかった。本番当日になったら来ると思ってたけど、結果駄目だったな。もう時間切れだ。俺達もリハーサルとかもやらなきゃなんねぇし。取り返すのに必死になんねぇと。悔しいけどよ、俺達はこの舞台を成功させなきゃなんねぇのよ。多分、それがあいつへの一番のメッセージになると思って。届くかどうか、分かんねぇが」


 彼の瞳は、演じることへの情熱で静かに燃えていた。握り締めた拳は小刻みに震え、飛び出た骨が突き破って出てくるのではと感じてしまう。その人を救えなかった悔しさと演技への情熱――それらは同調し、彼を厄介な者へと変えている。多分、そう思う。


「お前の役は、この舞台の肝だ! 俺も無理言った侘びとして、役の叩き込み方教えてやらぁ。ま、お前と役の雰囲気はよ~く似てんだ。すぐ馴染んで、台詞も完璧になるぜ。お前の底力、見せてみやがれ!」

「凄い自信ですね」

「何度も言わせんな、お前からは――」

「はい、気ですよね。いわゆる、勘ですよね。はい、はい」

「そうだ! 分かってんじゃねぇか!」




 そして、彼との特訓が始まってそれなりの時間が経過した。気が付けば、外の風景は橙色に染まっていた。その時には、僕は座長の尽力があってか台本の台詞と流れを完璧に覚えることが出来ていた。


「――凄いですね、自分以外の台詞まで覚えているなんて」

「座長だからな。皆を引っ張らねぇと。これくらい当たり前よ。で、お前想像以上のポテンシャルだな! マジで、この短期間で全部覚えちまうとは……もういっそ団員にならねぇか?」

「なりません」

「うん、そうか……残念だな」


 彼は、心底残念そうに肩を落とした。


「座長~! 準備終わりました! 通しやりましょ!」


 遠くからよく通る女性の声が響いた。何とか、間に合ったみたいだ。


「OKだ! っしゃ、行くぜ! 皆をビビらせてやろう!」

「えぇ、座長さんのお陰で意外と覚えられたので……貴方のその腕を、僕が見せ付けられるように精一杯頑張りますよ。ぐぅ!?」


 僕がそう言った瞬間、彼は強く抱きついてきた。内臓が全て口からじわりじわりと出てきそうな力に、僕はその場で悶えるしか出来なかった。


「ありがとよぉぉぉぉ! やっぱり団員になってくれぇええええ!」

「うげぇぇっ……嫌ですっ!」

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