ブラックは無理
―学校 昼―
(いいのかな……彼女は全然悪くないのに……)
僕は結局、彼女に言われるがまま学校内にあるオシャレなカフェに来てしまった。そして、コーヒーとチョコレートケーキを奢って貰っていた。
「これくらいしかお金は出せませんが……ここのカフェのスイーツはとても美味しいので、どうか許して下さい」
「えぇ!? いや、そんな……お金を出して貰っているだけで申し訳ないし……いいんですか? 本当に」
「言ったじゃないですか、これはお礼とお詫びを兼ねてるんです」
アリアさんは、歪な笑みを浮かべる。笑うと、折角の美しい顔が台無しになってしまう人なんて中々いないんじゃないだろうか。僕はそれがおかしくて、つい笑ってしまった。
「どうかしましたか? 私の顔に何か……」
自分の顔を見て笑われたことに気付いてしまったようで、彼女は頬や口の付近を触り始める。
「あぁ、いや……そうじゃないんです」
(流石に言えないな……最低だよ、言ったら)
「んん? 本当ですか?」
彼女は少し不思議そうに首を傾げた。
「本当ですよ、アハハ……」
僕は嘘をつくのが苦手だ。その嘘を誤魔化す為、慌ててコーヒーを飲んだ――瞬間、渋い苦さが口いっぱいに広がる。
「ん゛っ!?」
あまりに慌て過ぎたせいで、コーヒーにミルクと砂糖を入れるのを忘れるという痛恨のミスを犯してしまった。思わず、口に含んだものを吐き出してしまいそうになる。それを阻止する為、咄嗟に口を押えた。
彼女が注文する時に、ブラックコーヒーを頼んでしまったのだ。訂正を求めることも出来ず、致し方なく後で味を甘くすることを目論んでいたというのに。
「あれ? あ! すいません、私いつもの癖でタミさんの分までブラックにしてしまいました……!」
彼女は口を両手で押さえて、やってしまったと言わんばかりの表情を浮かべる。
「グッ……だ、大丈夫です。ア、ハハ。す、凄いなぁ……ブラックってこんな味がするんですねぇ~……」
僕は無理矢理、喉にコーヒーを流し込んだ。よくこんなものを平気で飲めるなと思う。
僕には大人の味は、まだ堪能出来ないみたいだ。二十一歳なのに。舌が子供過ぎるのかもしれない。恥ずかしい話だ。
「可愛いですね」
「……え?」
その言葉を聞いて、僕は手に持っていたコーヒーカップを落としてしまった。それは、床に落下した衝撃であっという間に砕け散る。
「可愛くなんてない……」
僕は男なのだ。可愛らしさなど求めていない。可愛いなどと言われても嬉しくも何ともない。
「え? 何とおっしゃいましたか?」
僕が思わず漏らしてしまった本音は、彼女には届いていなかった。
「いえ……すみません、手が滑ってしまって」
沸々と湧き上がる怒りを堪えながら、僕は彼女に笑顔を向けた。今、左目に熱を感じている。
先ほどとは違い微かなるものだが、また左目が変化してしまっているのだと察した。
「お怪我は……」
「大丈夫です」
あまり会話をしていたくない。また、彼女を見下すような発言をしてしまいそうだから。
「お客さん、大丈夫かい?」
箒とチリ取りを持ったカフェの男性店員が現れた。少し現れるのが遅かったのは、道具を取りに行っていた為のようだ。
「すみません、コーヒーカップを落としてしまったみたいなんです」
アリアさんは、床に散らばる破片を指差した。
「OK、問題ないよ。箒とチリ取りが掃除をしてくれるから」
店員が手を離すと、箒とチリ取りはフワフワと浮遊し始める。そして、僕が壊したコーヒーカップの所まで来ると、まるで人間がその道具を持って掃除しているのではないかと思うような動きをしながら、破片を片付け始めた。
「さて、仕上げは雑巾にお願いしようか」
少しして、店員は茶色のエプロンのポケットから雑巾を取り出した。そして、店員の手から離れた雑巾は先ほどと同じように浮遊し、破片が消えた床の上まで来た。
「これは……一体?」
見慣れない光景、見るからにただの箒とチリ取りに雑巾なのに。まさか、これには――。
「お客さん、留学生? 魔術道具さ。魔術がかけられた超便利な道具」
「これがない国があるんですね……興味深いです」
僕はすっかり怒りを忘れて、目の前の光景に夢中になっていた。




