そんな気が出てる
―ドミニク劇場前 朝―
「――本当に、本当にっ! 座長がごめんなさい! 一度言い出すと、本当に手がつけられなくなってしまうの!」
無理矢理連れてこられた僕を見るや否や、少し寂れた建物の前で不安に満ちた表情を浮かべていた一人の女性が全てを察した様子で頭を下げた。それに他の人達も続く。
「そういう訳だ!」
「開き直ってんじゃない!」
それに反応し素早く顔を上げた女性は、男性の頭を強く叩いた。
「いて゛っ!」
「代役なら、他の団員が――」
「馬鹿野郎! 何度言えば分かるんだ。その役にあった奴以外に、やらせてたまるかってんだ! そういう話は、今はなしにしろよな。俺がこうやって、見つけてきたんだからよ」
彼には、尋常ならざるこだわりがあるらしい。不幸にも、僕はそのこだわりに引っかかってしまった。
「……確かに、役の雰囲気とか体格はイメージ通りです。で、でも……髪色は……」
顔色が悪く気の弱そうな少年が、恐る恐るといった様子で口を開いた。
(髪色……やはり、黒だと都合が悪いか? まぁ、何でもいいけど)
この国では、黒髪は嫌悪される。その理由は至って単純。忌むべき存在が、その髪色を持っているから。ただ、それだけだ。
「あ? ウィッグ被るしどうでもいいだろ。そうすりゃ、違和感はない。持っているもので、変えられるものは変えればいい。持っていて、変えられないものは生かす。つー訳で、頼んだぞ! 復讐鬼役!」
「復讐鬼!? それって、滅茶苦茶喋る悪役ですか!?」
役のイメージに、僕が不幸にも一致していたからといって素人にやらせてもいいようなものじゃない。通行人Aくらいが、ぎりぎりのラインだろう。なのに、かなり重要そうな役目を彼は振ってきた。
「はぁ~ぁ。やっぱり、ちゃんと説明せずに連れてきたのね。これだから、貴方って人は」
女性は、呆れ混じりにため息を漏らす。
「今宵に行う劇の題目は『探偵カインと復讐鬼』。貴方は、その復讐鬼――犯人役になってしまったのよ。復讐鬼は、基本的に女装をして裏声を使っているの。皆の目を掻い潜る為にね。で、カインに追い詰められてしまった時、ついに本性と正体を露にするの。その時には、服を破り捨てて……声も低くしないといけないのだけれど。出来るかしら」
「滅茶苦茶喋るどころか、かなり重要な役じゃないですかっ!」
確信した、素人がおいそれとやってもいいものではないと。僕は、演技について学んだ経験は一度もない。嘘をつくよりは楽だと、それを興じたことはあったけれど……所詮、素人の戯言に過ぎない。周りはプロばかりなのに、僕がいたら浮くこと間違いなしだ。
(嗚呼、折角ここまで来たけれど……僕には、荷が重過ぎる。面倒臭い人だけど、良識がありそうな仲間達がいることだし、ここで断れば――)
「凄い! 凄いよ、巽! 街をただ歩いているだけで、大きな役を貰えちゃうなんて! 私、その劇見たい!」
さっきまで静かに話を聞いていたと思っていたアリアは、突如として歪な笑顔を浮かべ瞳を輝かせる。出来れば、ずっと黙っていて欲しかった。余計なことは、何一つしないでいて欲しかった。
「え?」
アリアのその言葉は、面倒な男性の熱い心を刺激してしまった。
「うぉおおおおおっ! 良かったな! ファンが早速ついたぞ、こりゃ出ねぇ訳にはいかねぇ! っしゃ、急いで頭にセリフ叩き込んで貰うぜ! お前なら出来る、そんな気が出てる!」
そして、結局、僕は復讐鬼役として舞台に出ることが勝手に決定されてしまったのだった。




