受け入れる
―自室 夜中―
美月に案内された僕の部屋は、その広さに対しての物の数ではなかった。
ベット、机、何故か線が切断された電話、そして学校で使うであろう教科書くらいの物だけがそこにあった。
「こんな辛気臭い部屋でよく生きてこれたわね」
「そんなことを言われてもね……生きてられたんだから、仕方がないでしょ」
記憶がないから、その間に僕がどのように生活していたのかはちっとも分からない。自分のことなのに、分からないのは悔しい。けれど、それが現実だ。
「死に行く準備みたいで嫌だわ。あんたも、何か趣味を見つけなさいよ。国の為とかそんなのなしで。普通に、自分が楽しめそうなこととかね」
美月は、一度部屋を見渡してため息をついた。そして、おもむろにベットに座り込んで、そのすぐ近くを何度か叩いた。どうやら、僕もベットに座れということらしい。
「趣味……何か、いいものがあったら教えてよ」
それに従って、美月の隣に腰掛ける。
「演劇鑑賞なんてどう?」
「……検討しておくよ。それより、国王と王女としての大切な話って何?」
趣味作りとして演劇鑑賞をすることよりも、今は大事な話がある。というか、その為にわざわざ場所を変えたのだから。
「……私は、国王の意思に従うと言ったわ。だから、あんたに一つ聞いておきたいことがある」
美月は、僕を強く見つめながら続ける。
「今、あんたの代わりに国を動かしているのはゴンザレス。そのゴンザレスが、国家プロジェクトとして闘技場の建設を進めてる。もう、ほとんど完成していると言っていいわ。命懸けで戦う為の施設。戦いたいという意思があれば、年齢や性別、身分も関係なく命を賭す。その戦い方は色々あって、それをお金を払って観戦する。それで、遊郭炎上のせいで芳しくない財政状態を改善するって。建設費用は、命懸けっていうシステムが気に入った変人とか暇を持て余した富裕層の寄付で完全に賄えた」
「へぇ……それは凄いな」
利益を見越せないことに対して、大抵の人々は慎重になる。故に寄付など、そう簡単に集まるものではないはずだ。だが、そんな損得を考えさせなくするくらいにその闘技場は多くの人々を惹きつけたらしい。
「でも、私は闘技場について賛成出来ない。どうしても……受け入れられない」
「それは、どうして?」
「どうして、って……名誉や賞金の為に命を賭すなんて、馬鹿げているじゃない。もし、そんなことで本当に死んでしまったらどうするつもりなの」
美月が馬鹿げていると思うことに、生涯を捧げる者がいることは事実。どの国でも、それは一定数いるものだ。時にそれは厄介で――時に、有用になる。
「簡単だよ。死ぬ死なないの瀬戸際を見極めればいいだけ、それだけさ。実際に死なれてしまったら、そういうのが好きな人は冷めてしまうからね。ま、ゴンザレスのことだ……浅いように見えてしっかりと考えてるだろうさ」
「じゃあ、あんたは……賛成なの?」
「嗚呼。僕も、この国に来て色々学んでね。綺麗なやり方だけじゃ、思い通りにはならないってことを。綺麗さを求め過ぎれば、逆に見えない所で綻びが生まれて汚れていく。無意味だって分かったんだ。だったら、最初から汚れた方がいい。自分から汚れるようなことをしたから、仕方がないって思えるだろう?」
父上だってそうだった。国を回していく為に、遊郭という存在を許容していた。大火によって、それがなくなってしまった以上、新たなものが必要になる。女性だけに負担が圧し掛かる遊郭よりも、戦う意思さえあれば誰でも参加出来、平等に負担がかかる闘技場の方がまだマシだと僕は思ったのだ。
「そう、分かったわ。それがあんたの意思なら、受け入れる」
美月は俯いて、何かを飲み込むような仕草を見せた。そして、すぐに顔を上げると――。
「じゃあ、私は帰る。熊鷹を待たせてるから、ありがとう。頑張って」
いつものように冷たくそう言い放つと、美月は立ち上がった。
「うん。僕の方もありがとう。それと……色々、ごめん」
「ふん、別に。私は気にしてないから。王族同士なんて、血が繋がっててもギスギスしちゃうもんでしょ? 私達は、比較的ずっと平和的だったじゃない。殺されかけたのは、その反動だったって思ってるから」
その発言は苦しくて、美月を見ていられなくなって、思わず顔を下げてしまう。
「……そう、かな」
本当は美月には、あの時のことについて色々聞きたいことがあった。けれど、それを聞く隙を美月は与えてはくれなかった。顔を上げた時には、既に僕の部屋から忽然と姿を消してしまっていたから。
「まぁ……いいか」
今日はもう遅い。疲れてしまったし、しっかりと身を休ませることにしよう。僕はベットに転がって、目を閉じた。




