舐めあげている
―屋敷 夜―
屋敷の中に入ると、あの埃臭さは嘘のように消えていた。豪華絢爛で優美な本来の様子を取り戻していた。
「どうして――美月がここに」
そこには、澄ました顔の美月が仁王立ちして僕を待ち構えていた。そして、その隣には萎れた花のようになってしまっているアルモニアさんがいる。
「もっと、じっくりと話したいことがあったの。でも、あの時はドタバタしてたから。だから、ここに来た。なのに、あんたがいなかった。その代わり、呑気に眠ってる監視者がいた」
美月のその言葉に、アルモニアさんは肩をビクッと震わせる。
(あのうるさいアルモニアさんをこうさせるなんて……美月は、何をしたんだろう?)
「で、あんたはアリアを抱き抱えて何をしてたの?」
「これは不可抗力だよ。アリアとは、事前に約束してて、森に行ったんだ。その時にアルモニアさんが寝てただけ。起こすのも忍びないしね。で、まぁ……彼女が寝てしまって。置いて帰る訳にもいかないから、一緒に戻ってきたんだよ」
「ふぅ~ん。でもいいの? こんな所に連れてきて。明らかに普通とは違うって思われちゃうと思うけど?」
美月の指摘は最もだ。それが、少し前までの僕だったとしたら。
(確かに、今までだったら勿論その為に躊躇もしただろう。でも、彼女に対してはもう違う)
「実は……彼女には、全てを話したんだ」
「へぇ。それは凄い」
美月は、わざとらしく手を叩く。その表情が無であるからこそ、そのわざとらしさが余計に際立つ。そうしなければ、感情が伝わりにくいというのがあるから仕方がないが。
「まさか、褒められるなんて思わなかったな。軽率だのなんだのと怒られるものだと思ってたよ」
「怒る? あんたは、もう立派な大人でしょ。しかも、王だし。その決定は絶対だわ。国王の意思には、従わなくてはいけないわ。私は所詮、王女でしかないんだし」
「……それも、そうだね」
美月の言葉は、王であると自覚していても重く響いた。僕は、もう責任を負って誰かを守る立場だ。叱られる時は過ぎ、叱る時になった。単純に言えば、子供から大人になったってことだ。
「で、その王の意思を聞きたくて、私はここに参上したんだけど。ちょっといい? 二人でちゃんと話がしたいの。アルモニア、あんたはアリアをお願い」
「う、うん……頂戴」
「あ、嗚呼」
死んだ魚のような目のアルモニアさんは、僕に背を向けて「乗せろ」とアピールする。本当に何をどうされたかは分からないが、彼女がここまで従順になるとは驚いた。
そして、アルモニアさんにアリアを託した。すると、彼女はアリアを背負って廊下をゆっくりと歩いて消えていった。
「さて、それじゃあ国王と王女として大切な話をしましょうか。あんたの部屋っぽい所でね。ついて来なさい」
その背中を見届けた後、満足したように玄関の近くにあった階段に視線を向けた。
「え? 僕の部屋を見つけたの?」
「えぇ。使用した形跡のある部屋を捜索がてら、掃除してたんでしょ。暇だったから、手伝ってあげたわ」
「……一人で?」
「まさか、イリュージョンにやって貰ったわ。一部屋数分で終わって、簡単だった」
「あぁ……そう」
このことから一つ、分かったことがある。それは――僕は、監視者であるアルモニアさんに完全に舐められているってことだ。




