憂鬱とアリアを抱え
―レイヴンの森 夜―
目も開けられぬほどの強風にさらわれて、僕は再び地面に叩き落される。また、受身を取って何とか危険を回避する。そして、目を開けると――再び綺麗な花園の中に僕はいた。すぐ隣で、花に囲まれながら眠っているアリアの姿も確認出来た。
(良かった……彼女は無事か)
どうやら、あの風にさらわれてしまったのは僕だけだったらしい。太平の龍の力、一体どれほどのものなのだろう。自然を操るだけでなく、人を眠らせることも出来るのだろうか。
「……アリア?」
とりあえず、声をかけてみたのだが――彼女は起きる気配はなかった。ぐっすりと眠りの世界に入り込んでしまっているみたいだ。
(まぁ、起こすのも悪いか。でも、朝までここにいるのはなぁ……帰らないとアルモニアさんが絶対にうるさいし、面倒なことが増えそうだ。それに、黒猫も……)
ジェシー教授改め龍が、黒猫の行動の示す先に僕らの求めているものがあると言った。不幸を見届け、干渉しないという最悪の行動をしたら、だが。
(優しさだけで、国一つを動かすことは出来ない。そんなこと、分かってる。でも、こんな形でその残忍さを証明することになるなんて)
憂鬱な気持ちとアリアを抱えながら、僕はゆっくりと飛び上がる。先ほどまで忘れていたが、僕は魔法で空を飛べるのだった。こうやって空を飛べば、不慣れな場所でもすぐに見渡せるし脱出出来る。
「はぁ……」
屋敷を目指して、色々と考えながら空を飛んでいた。
(黒猫ってのは、朝に出会ったあの猫かな? いや、どうだろう? 黒猫って何匹いるんだろう? 黒猫ってこの世界に一匹って訳じゃないよな。でも、あの黒猫……何か不思議な感じだったよな。言葉も理解した上での行動をしてるみたいに見えたんだよな。一番可能性があるとしたら……あの子だったり?)
彼は簡単に言ってくれたけれど、望んだ通りに出来るものなのだろうか。たった一匹の黒猫が、本当に僕を導いてくれるのだろうか。
(平和の為の犠牲、過程は関係ない。大事なのは結果、か。本当、太平の龍が言ったこととは思えないな)
見届けろ、そう彼は言った。きっと、彼は今までずっとそうしてきたのだろう。でも、一つだけ思うことがある。
もしも、選抜者達の不幸を傍を見届けろと言われたら――彼は出来たのだろうか。死に行く彼らに対して、救うことが出来るのに何もしないということが出来るのだろうか。しかし、もう彼らはいない。だから、尋ねることは出来なかった。
(嗚呼、見えてきた)
あっという間に、やたら大きな屋敷が姿を現す。空を飛べるというのは、本当に楽だ。歩きや走りとは、全く違う。
(あ、明かりがついている。やっぱり、起きてるよね。はぁあ~絶対に怒られるな。はぁ……)
憂鬱な気持ちになりながらも、僕は屋敷前にゆっくりと降り立ち、門番達に挨拶をして中に入った。




