父親過激派
―レイヴンの森 夜―
急いで力を得たいのなら、多くの人々の不幸を一度に沢山見届けろ……そう言われて、すぐに頷ける訳がなかった。もしかしたら、それは命に関わってくることかもしれない。何か出来るかもしれないのに、何もしてはいけない。不幸を見届けるとは、そういうことだろう。
「王なら、それくらいの度胸がないといけねぇんじゃねぇか。時に残忍で、時に慈悲深く……それくらい、やってのけろよ。常識じゃねぇ? それとも、お前の父親はそんなこともせずに君臨してたのか?」
不意に、彼は父上を侮辱し始めた。僕が王として相応しくないのは分かる。けれど、父上はそうではない。どれほど長い期間で、父上が君臨していたと思っているのか。僕は父上の真似すら出来ていない。だから、僕が出来ていないことを父上も出来ていないと考えられるのは極めて不快だった。
「情けねぇ、王だなぁ。そんなんで、よく民もついてきてたなぁ」
沸々と湧き上がってくる怒り。僕を侮辱されるだけなら、全然耐えられる。けれど、父上まで侮辱されるのは絶対に許せない。
「そんなんで王としてどうなのよ? 父親も甘ちゃ――」
その全てを聞く前に、体が動いていた。衝動に駆られて、理性は完全に吹っ飛んでいた。
「っう!? いでえ゛え゛え゛ええええっ!?」
携えていた剣で、龍の右目を貫いてようやくその怒りが引いていく。
「……父上を馬鹿にするのはやめて下さい。父上と僕は違う。父上のようにはなりたいけれど、僕がなれていないだけなんです。だから、訂正して下さい。父上は、情けなくない王としての器をしっかりと兼ね備えていると」
龍の瞳から、真っ赤な血がゆっくりと滴り落ちていく。
「痛い痛い痛い痛い痛いって! ごめんごめんごめんって、でもそんなに怒るようなことでもねぇだろうが! 剣を、俺の目に突き刺すほどでもねぇだろうがよぉぉおおおっ!」
その痛みから、彼は酷く暴れ回る。だが、訂正されるまでは僕も引き下がることは出来ない。父上への侮辱は絶対に許せないから。
「あぁあぁぁあ、もう分かった! 分かったから! 訂正する、訂正する! お前の父親は王として相応しい。間違いねぇ! なぁ、痛いから許せ!」
言わせた感は拭えなかったが、これ以上は彼の身も危ないので妥協することにした。僕は剣を抜き、彼から距離を取った。龍なので、そう簡単には逝かないだろうと思うが。
涙のように片目から血を流す彼は、前足でその目を押さえて声を震わせる。
「父親過激派かよ……龍の瞳は宝なんだぞ、俺にとっても大事な存在なのに~やりやがったな。この目は太平に繋がる鍵を見届ける超絶大切な奴なのによぉおおお」
「すみません。父上への侮辱は、どうしても許せないので」
そして、僕は血に汚れた剣を抜き取って納めた。龍の血も赤いということを、ここで僕は初めて知った。知ったからと言って、どうということもないが。
「……ハハ、笑えねぇ。でも、まぁお陰で確信したわ。お前なら、見届けられるってな。いて゛ぇ……出来る出来ねぇじゃねぇ、ここまでのことやりやがったんだ。やって貰うからな、絶対に。それが結果的に平和に繋がることだからよぅ」
「……結果論ですか」
「そうだ、大事なのは結果だからな。重視するのは、結果だけ。それを乗り越えた上で、お前がやるべきことは――奴の手を取ること。支配することでも、支配されることでもない。並び立つことをイメージすんだよ」
血を流しながらも、彼は強くそう訴えかける。揺らがぬ意思を感じた。不意だったから、僕は彼にたまたまダメージを与えらたけれど、これから先に戦ったとした場合に勝ち目はないだろう。どうせ、頷くまで帰してはくれないだろうし。
「分かりましたよ。見届けてあげますよ。どこまでも……それで、安寧の世界が見れるなら。後悔しても知りませんから」
「嗚呼、頼んだぜ? そうそう、見届ける場所は黒猫が示すだろう。じゃあ、達者でな」
そして、また強風が吹き荒れ、ここに来た時と同じように僕の体はさらわれるのであった。




