他者の不幸を
―レイヴンの森 夜―
彼の力を最大限解放した上で、コントロール出来るようになれば――僕は父上のようになれるかもしれない。そんな希望もあった。本来なら、僕だけの力で父上のようになりたかった。しかし、それは叶わないと知った。
ならば、他者の力を取り込んででも、僕は父上の横に並び立ちたい。それが、今の僕の夢だから。
「――素晴らしい覚悟だ、俺が男じゃなかったら惚れてたね。未知で脅威にもなりうる力を、自分のものにしたいって大したもんだぜ。フフ、決めた。一つ、助言をしてやってもいい。お前が必要だと思うのならな」
緑色の瞳を煌かせ、龍は僕に問う。
「助言?」
「嗚呼、眠るそいつを呼び覚まし、力をコントロール出来るようになる……かもしれない方法について」
「かもしれないって、だいぶ不確定なんですね」
「絶対じゃない。お前が人間である限り、それは致し方のないことだ。どうだ? 聞きたいか?」
「……お願いします」
他に頼れるような人もいない。彼が悪意を持っているとも思えないし、話を聞くだけでも有益だろう。そこから先は、僕の力量次第って所だろうから。
「そう言うと思ってたぜ。じゃあ、まずはそいつが目覚める方法についてだが……これは、結構な負担になる」
「どうしてですか?」
「奴はな、他者の不幸を糧に力を得る性質がある。龍は大抵、他者の何かから力を得ることが多いからな。それがなくなると、力も弱まる。龍本体だったら、まぁ我慢も出来る。だが、そいつは様々な龍の合成体。つまり、自分ではどうにも出来ない部分がある。つまり、分かるか?」
「僕が不幸になるか……誰かが不幸になる必要があるってことですか?」
不幸を得ることが、彼にとっての食事。力を維持していく為、本能的にそれを求めてしまう性質に襲われ、今までのような結果に至っていたのだとしたら……。
「それは、半分正解で半分不正解だ。お前一人の不幸で、どうにかなるもんじゃねぇ。他者の不幸を見届ける、選択肢はそれしかない。アーリヤの件で、あれだけの惨劇を見ても眠ったままってことは想像以上のダメージなんだろう。そこらにあるちょっとした不幸では駄目ってことになる。だから、お前一人の不幸ではまるで足りない」
僕が不幸になるのなら、それだけで良かったのに。僕自身が味わうのと、誰かが不幸になるのとでは訳が違う。僕が急いで力を得る為に、他の人々を犠牲にしなくてはならないなんて。
「そんな……僕が不幸になるのは構いません。ですが、他の誰かの不幸を見届けるのは……」
「だから、言った。かもしれないと、お前に残酷な心があってこそ成せること。不特定多数の誰かの不幸を一度に見届ける度胸がいる。俺は、お前にはそれがあると思ってるぜ? あんな覚悟を述べちまう男なんだ」
「っ! でも、そんな提案を貴方がしていいんですか? 貴方は太――」
「不幸と幸福があるから、平和は成り立つ。誰かが不幸を味わうことで、誰かが幸せの基準を保っていられる。全ての不幸を潰せば、それは混沌への一歩へと繋がる。綺麗なだけが、平和ではない」
太平の龍だと僕が言い切る前に、彼は語気を強めてそう言った。




