風に流されて
―レイヴンの森 夜―
アリアと過ごした時間は、あっという間だった。その時その時は緊張したりして、長く感じたりもした。けれど、全てが終わった今は花火を見終わった後のような喪失感に襲われていた。
「東洋にある島国の王様かぁ。こっちの王様とは、結構違う感じなんだね。民衆と触れ合ったり、こっそり抜け出して遊んだり……お堅いだけじゃないんだね」
「この国の王については、そういう話は聞かないの?」
「うん。ある時から、この国の王族の肖像画とか写真とか出回らなくなった……らしい。表舞台に出ることは、全部首相がやってるって感じなんだよね。皆、そういうものだって思ってる。行事とかあると、お言葉を首相が読んでるから……王って何なんだろう?」
王の形は、国でそれぞれだ。お飾りであったり、統治を行ったり……それらは国の特性による。その形に世界も不正解もない。国が上手く回っていれば、それでいいのだ。
「それは分からないな。王という役割自体が、疑問を呈されることもあるから。それより……ある時っていつ?」
「え~っと、私もそこまで詳しい訳じゃないから、正確なことは言えない。ただ、教科書に載ってた王の肖像はジェーソン二世って人が最後だったよ。それ以降は、王族に関係する人はちっとも見たことがないの」
庶民の目に見える形で、王の存在を認識出来たのはそれが最後ということだろう。一体、何がきっかけで王族が姿を隠すようになったのか。理由もなく、そんなことは絶対にしないはずだ。
「なるほど、それはかなり気になるね。途中から、姿を晒すことを徹底してやめるなんて。写真や肖像画まで出させないなんて、かなり統率力があるみたいだ。王としての権力は確かだ。羨ましいよ。姿を見せずにして、ここまで従えるなんて。様々な方法があるが、上に立つ者は視覚から権力を示すことが多いからね。身なりや住居、それで何故己が上に立つのかを示すんだ。それと共に、実績を――」
「……フフ」
すると、アリアが堪え切れなくなったように吹き出した。
「え? 何?」
「ううん、何だか巽ってこういう話題の方が好きなのかなって。今までで、一番饒舌だったよ」
「そうかな? まぁ、確かに……」
物心ついた時には、既に王について考えるよう厳しく指導されてきた。父上を中心に、多くの大人達から。だから、意識せずとも自然と口が回るようになった――のかもしれない。
「でも、世間話とかの方が好きだよ。楽しい気持ちになれるから。口は勝手に動くけど、王とか何だとか……苦手なんだ」
「そうだよね。難しい話って、心が疲れちゃうよね――」
そんな駄弁りの最中であった、目も開けていられなくなるような強風が突如として吹き荒れる。
「うわっ!?」
さらに風が強くなって、体が持っていかれそうになる。僕は咄嗟に草を掴み、座ったままの体勢を維持しようとしたのだが――異常なほどに強い風に、僕は抗えなかった。ぶちっと草の千切れる音と共に、僕の体は風にいとも簡単に浮かされ、まるで枯葉のように飛ばされてしまうのだった。
(くそっ、目が開けられないっ!)
視界がはっきりしない状態で、魔法を使うのは危険だ。
(ここは身を任せるのが正解か……)
風の音でアリアの声も聞こえないし、匂いも掻き回されて滅茶苦茶でよく分からない。あらゆる感覚が役に立たず、僕はどこかへと飛ばされていくことしか出来なかった。




