巽だから
―アリア レイヴンの森 夜―
瞳を輝かせ、花園を見つめる巽。純粋に、この美しい風景に心奪われている様子だった。まるで、子供の頃に戻ったかのような好奇心に満ちた明るい表情。
(良かった……)
あの事件以前も、彼の表情には影があった。隠し切れていない闇があった。私が考え過ぎているだけなのかと思っていた。けれど、そうではなかった。誰にも言えず隠さざるを得なかった闇を、アーリヤによって広げられてしまったのだ。
そして、今は……消化し切れていない闇の中に取り残されているように感じた。後悔や絶望を、たった一人で抱え込んでいるように見えた。このままでは、また同じことの繰り返しになる。だから、私は私のやり方で彼に思いを伝えたい。どうか、一人で抱え込まないで欲しいと。
「ここはね、月夜の花園って呼ばれてる場所なんだ。ここに、男女二人で来ることが出来たら、ずっと一緒にいられるっていう言い伝えがあるんだ」
「男女二人で来たら、ずっと一緒にいれるのかい? それは……」
私の発言に対して、彼は不思議そうに首を傾げる。最初、彼の行動の意味が理解出来なかった。私はただ、知っていることを伝えただけなのに、と。
「……僕じゃない人を、連れてきた方が良かったんじゃないかな? 折角、こんなにも綺麗な場所なのに。僕なんかと二人っきりで、見るなんて嫌じゃないのかい? ずっと一緒にいる相手が、僕なんて……最悪だろう。どうして、僕と?」
困ったような笑みを浮かべ、気遣うように彼は問いかける。そこで、ようやく私の伝え方では色々と情報が足りていないことに気が付いた。
これでは、まるで――告白しているようではないか。
「はぅううっ!? ち、違うの! そういう意味で言ったんじゃなくて、えっと、えっと……!」
体が、熱くなっていくのを感じた。恥ずかし過ぎる。だから、私はそれを吹き飛ばすように――。
「巽に見せたかったから来たの! 他の人じゃ駄目だから! 男の子だからとか関係ない! 巽が女の子だったとしても、一緒に来てたよ。だって、私のたった一人の友達だもん。友達とずっと一緒にいたい。たとえ離れ離れになっても友達として覚えていて欲しい。ずっと、私の友達でいて欲しい!」
勢いに任せた理由の説明、これで私の思いはちゃんと伝わっただろうか。恥ずかしさの余韻で高鳴る鼓動の音を聞きながら、恐る恐る巽君に視線を向けた。すると、彼は、口をあんぐりとさせて硬直していた。
「それでも……駄目、だったかな?」
行き過ぎたお節介、私の一方的過ぎる思い、過剰な干渉……もし、それら全てが彼にとっての苦痛になってしまっていたらと思うと悲しくなった。彼の顔を、見続けることが出来なくなった。
出過ぎた真似をしてしまった、と後悔していたその時であった、震える私の手は、優しく包み込まれた。
「ごめん、君の気持ちに気付けなくて。自分のことばかり考えて、大切な……友達のことを第一に考えることを忘れていた。フフ、本当に……君はどこまで優しいんだ? こんな僕のことを思ってくれて。それに、こんなにも美しい風景を見せてくれてありがとう」
彼の目からは、涙が伝っていた。けれど、彼は笑顔だった。気遣いや愛想の為のものではない、彼の心からの笑顔だった。今まで一度も見たことのない、とても眩いものだった。




