厄介な封印
―屋敷 昼―
割れた瓶の中から血が零れ出して、さらに強烈な臭いを発する。
「っう……!?」
刹那、激痛が僕を襲う。この痛みを、僕は知っている。体が引き裂かれてしまいそうな、とんでもなく強大な力が僕の中から飛び出そうとする。自分が自分でなくなっていく、そんな恐怖に襲われる。どうして、急に強烈に感じるようになったのか、と。
(やめてくれ、返事をしてくれっ!)
どれだけ訴えようと、彼からの応答はなかった。そういえば、最後に彼の言葉を聞いたのはアーリヤの下僕として学校へ侵入を試み、酷く疲れてしまった時だ。それ以来、しばらく彼とは会話はない。それが、本来あるべき姿なのかもしれないが、この状況の為にかなり気にかかる。
「ぁぅ……ぐっ!」
すると、溢れ出そうとする力を何かがとどめる。その度に、額が燃えるように熱くなった。
「どうしたの? 血の臭いで正気を失っちゃいそう? 可哀想ね、クロエもそうだったわ」
「ク、ロエ……も?」
その言葉を聞いて、ふと在りし日の光景が脳裏によぎる。
『というかさ、この部屋掃除しないの? 私は、その……ちょっと食欲に関わってくるというか……そろそろ気が狂う一歩手前って言うか、うん』
血生臭さが充満する部屋で、クロエが意味ありげに発した言葉だ。今の僕と同じ状態であったのか、それはもうわからない。
しかし、もしもそうであったのだとしたら……どれほどの苦痛の中で彼女は戦っていたのか。あの時は、僕は知りもせず、記憶を得る為に彼女の気持ちなど考えもしなかった。
「あの子は、運命を司る龍の力を一部持っていた。いや、無理矢理その体に与えられたと言った方が自然でしょうね。貴方もそうでしょう? 十六夜とかいうゴミのせいで、そんな中途半端な体になった。違う?」
「そ、ぇあ゛……」
そう尋ねられたが、僕に答えようと思っても言葉にすることが出来なかった。見た目の獣化は一切起こっていないのに、僕が把握し切れぬ所で中身の獣化は進行しているようだった。
「変ね。巽、貴方は、十六夜によって滅茶苦茶に作られた力を宿しているとは言っても……ちょっと、見せて」
アルモニアさんは怪訝そうな声色で、僕の顔を覗き込む。すると、驚きの声を上げた。
「その刻印は……!? アレンっ! こんな厄介な封印を遺していったというの!? どこまでも面倒な奴ね、どうにか出来るのはボスくらいしかいない、か」
刻印とか封印とか、身に覚えのない言葉の羅列に困惑するしかなかった。この狂気と正気の狭間に立ち続けていられるのは、それが原因ということなのだろうか。
「とりあえず、私様に出来ることはやってあげる。それなりに知識はある方だから。ま、技術はないの。その身にイリュージョンをその目に、しっかりと焼き付けて? そして、私様に感謝なさい。It's Show Time!」




