白馬の王子様
―屋敷内庭園 朝―
しばらく家主が不在だったとは思えないくらい、庭園は綺麗に整備されていた。中央には堂々とした噴水が構え、豊かな緑とそれを彩る花々。屋敷の豪華さが、さらに引き立てられている。見ているだけで、心が安らぐようだ。
(誰かが整備してくれていた……ってことだよね。申し訳ないな。かと言って、僕が出来る訳じゃないけど……)
「は~噂には聞いてたけど、マジで広いわね。流石は、元王侯貴族のお城だ」
どこか呆れるような声色で、アルモニアさんは言った。
「そうだったんですね。お城か……」
「管理にお金がかかるから、所有者は手放しちゃったんだけど。いいよねぇ、こんな所に住めたら……憧れるわ。お城を見てると、乙女心をくすぐられるというか」
「くすぐられますか?」
僕には、よく分からない。乙女心をくすぐる要素が、一体どこにあるのだろう。
「ばっか! 分からないの!? 女の子だったら、一度は憧れるお城という存在! そこに綺麗なドレスを着て、お姫様として暮らすの。そして、他国から来た王子様が優雅に白馬に乗って現れて、私様を幸せにしてくれるの!」
「なるほど……王子が、白馬に乗って現れるというイメージは何故?」
僕はこれまで、一度も白馬に乗った覚えがない。馬には乗ったことはあるけれど、優雅にしている暇はなかった。乗馬したまま、弓を放つ練習とか戦いに備えたことばかりしていた。何度も振り落とされ、何度も痛い思いをした。乗りこなせるようになるのも大変で、ただ辛かった経験ばかりが蘇る。
「私様がよく見た絵本とかでは、そんな風に描かれてたから。王子様=白馬みたいな。いいなぁ、王子様来てくれないかなって……」
そう語る、彼女の表情は少し悲しそうであった。ただよく見ると、その瞳には憎悪がしっかりと宿っていた。
「まぁ、現実は残酷だからね。そんな幻想は叶わないって、とうの昔に悟ったわ。で、本物的にはこういうイメージってどうなの?」
「どうって言われても……少なくとも、僕の経験ではそんな優雅なイメージはなかったかなぁって。あ、でも、あくまで僕の国では……ですからね。あの、一ついいですか?」
「何?」
「この国の女性は全員、王とか王子にそういうイメージを持っているんですか?」
もしも、白馬に乗って颯爽且つ優雅に登場するのが一つのイメージとしてあるのなら、これは使えるのではないだろうか。アリアに、自分の正体を伝える時に……視覚に訴える一番の方法として。それに加えて、言葉で説明する。少し楽になるような気がした。
「はぁ? ないないないない。子供ならともかく、大人でそんな奴いないでしょ。もうとっくに現実見てるから。何考えてるの? それとも、この私様を真面目な顔で馬鹿にしたの?」
こいつ何言ってるんだろう的な表情で、彼女に睨まれたことがショックだった。
「あ……いえ、特に。そうですか。参考になります」
白馬に乗って現れるだけで、大体は伝わるかもしれないという希望が一瞬で打ち砕かれた。やはり、言葉で説明するしかないのか。
「絶対に何か企んでるでしょ、顔にはっきり書いてある」
「そ、そうですか? それより、こんな所で話すより折角ですから中に入りましょう」
「露骨に話を……って、ちょっと!?」
理由を聞かれるのは辛い。白馬に乗って、自身の正体を少しでも楽に伝えようとした浅はかな考えを知られたくない。やかましく馬鹿にされる未来が見えた。無理矢理でもいいから、この話を終わらせたかった。
だから、僕は彼女の手を引っ張って、そのまま屋敷内へと入った。




