主の帰還
―屋敷前 朝―
目の前が開けた時、景色は様変わりしていた。
「ここは……」
真っ直ぐな道に沿って、両側に木々が生い茂る。その道の先には、大きな門と二人の人物の姿が見えた。そして、さらにその向こうに大きな屋敷があった。
僕はこれっぽっちも覚えていないけれど、ここがかつて僕の住んでいた場所らしい。先ほどと同じように、既視感はあった。ただ、それ以上のことは何も感じられない。
「ふふん、どう? これが私様のイリュージョン! 恐れ入ったことでしょ?」
「イリュー、ジョン?」
「そう、このイリュージョンこそが私の本分。どうだった?」
自慢げに詰め寄られたが、どう反応すべきなのか困った。瞬間移動とは少し違うようだが、特別過ぎる訳でもない。魔法などとは疎い国に住んでいれば、それこそ感激なんてものでは済まないだろうけれど。
「どうだったと言われましても……凄いなぁ? みたいな感じですかね?」
「なんで疑問形なのよ」
「いや……それより、進みませんか? 僕としては、元々住んでいた場所に早く行ってみたいんです。勿論、アルモニアさんのその……イリュージョンとやらに興味はありますよ。でも、今はそれよりも大事なことがある」
綺麗さっぱり消え去った一定期間の記憶。それに関する場所に戻れることは、とても大きい。全ては戻らないかもしれないが、断片的になら可能性がある。
「ちょっと! 待ちなさいよ。誰がここまで連れて来てやったと思ってるの! ねぇ!」
(本当、うるさい人だなぁ……出会い頭から、今この瞬間までずっと。ちょっとは黙れないのかなぁ)
親切にし過ぎると、また変に疑念を抱かれてしまうかもしれない。付け込もうとしていると、思われてしまうかもしれない。監視者と監視される側としての距離を保つには、それくらいでいい。
きっと、クロエと僕はその節度を保てていなかった。お互いに。記憶のない間、本来あるべき間柄を守れなかった。それが、あの惨劇を生み出す一因となったのかもしれない。これからは改めなければ、新たに監視者となったアルモニアさんを守る為にも。僕を、命に代えてでも守りたいなんて思わせてはいけない。
(殺したくない。殺したくない……もう、誰も殺したくない)
鮮明に焼きついた、クロエの亡骸。真っ赤な絨毯の上で、真っ白になってもう二度と目を覚まさない。あんなこと、もう絶対にしちゃいけない。
(クロエが犠牲になってくれなければ、美月が……なんて、考えなくてもいい結末になっていれば良かった。僕が呪いを制御出来たら良かったんだ。後悔しても、もう何も戻って来ないけれど)
そんな思いを抱きながら、僕は大きな門の前に立った。すると、門の右側に立っている男性達が口を開く。
「お帰りなさいませ、巽様」
「お久しぶりでございますね。さあ、どうぞ」
そして、厳かな門はゆっくりと開かれる。
(彼らは、僕の名前を知っているのか……)
「ありがとうございます」
僕は会釈をして、門を潜った。後ろから、彼女の何やら騒ぐ声がしたが今は気にしないでおこう。彼女の相手をすると、とても疲れてしまうから。




