It's Show Time
―学校 朝―
「ごめんなさいっ! 本当に無視しようと思って、した訳ではないんです。本当にごめんなさい」
僕は何度も頭を下げているのだが、アルモニアさんは頬を膨らませたままで許してくれそうもない。
「みゃみゃみゃ~」
そんな僕に対して、甘えるような鳴き声で擦り寄ってくる黒猫。構ってはいけないと分かっているのに、可愛過ぎて意識が再び持っていかれそうになる。あまりにあざとく、心がくすぐられる。
「俺は何も知りません~みたいな感じ出してるのが一番、むかつくの!」
「猫だから、実際そうじゃないんですか?」
「馬鹿ね、この黒猫は……御使い。普通に――」
「シャーッ!」
彼女が何か言おうとした瞬間、黒猫は突如態度を豹変させる。
「ぎゃあっ!?」
そして、毛を逆立てながら彼女に飛びかかって、顔面をその鋭い爪で引っかいた。その後、華麗に着地して彼女を睨みつけて素早く走り去った。
「だ、大丈夫……ですか?」
アルモニアさんの顔には、綺麗な引っかき傷が残っていた。真っ赤に腫れて、かなり痛々しい傷だ。
「大丈夫な訳なーいっ!」
「ですよね……」
彼女が言いかけた言葉は、一体何だったのだろう。
(あの黒猫、まるで言葉を理解しているように見えた)
彼女は騒々しいけれど、黒猫に対して危害は与えてない。文句に加えて、何か秘密を言おうとしていただけだ。それが、自分にとって不利なことだから言われたくないと思っての行動なのではないかと思った。
(御使いか……どういう意味だろう? 彼女なら、何か知ってるんだろうか)
半泣きで、顔の傷を気にしている様子のアルモニアさん。これから、恐らく長い付き合いになるだろう。親切にしておいた方がいいかもしれない。知るべきことを知る為にも。
(監視者か。彼女を辿れば、いずれあの白髪の男にも……)
綺麗なやり方など、今更僕には似合わない。血にまみれた僕の手では、何を触っても汚れてしまうのだから。
「アルモニアさん」
「っう……何よ?」
「傷、ちゃんと見せて下さい」
座り込む彼女の前に跪いて、じっくりと傷を観察する。
(肉が抉り取られている訳じゃないし、これくらいなら僕の治癒魔法でどうにか出来るな)
「ひっ!?」
傷に手をかざすと、彼女は何を思ったのか怯えた様子で目を閉じた。
「もう、大丈夫ですよ」
柔らかで温かい光が、彼女の傷を包み込んで瞬く間に消した。
「え?」
目を開けて、恐る恐るといった様子で傷のあった場所に触れる。
「本当だ! どうして?」
痛みを感じなかったことで、傷が完治したことを理解したのだろう。しかし、それをわざわざ僕が行ったことに疑問を覚えたようだ。
「どうして、って……痛そうでしたから。迷惑でしたか?」
「……私様は、監視者だけど、貴方にとってはただの他人でしょ? どうして、そんな優しくしてくれるの? そうやって、クロエにも付け込んでいったの?」
(付け込むか……やろうとはしたけど、駄目だった。どれだけ酷い目に遭わせても、クロエは結局僕の記憶を教えてくれなかった)
「クロエは、子供だけど大人よりも意思がしっかりとあって……僕が付け込む隙なんてありませんでしたよ。監視者として、とても立派だったと思います。だけど、死んでしまった。僕の傍にいたから、呪いを受けたから。だから、ね……アルモニアさん」
僕は立ち上がって、彼女を見下ろす。
「僕に殺されないようにして下さいね。僕も……善処しますから」
脳裏によぎるのは、止血の役割を担っていた剣を迷いなく抜いたクロエの姿。あれくらいの度胸と覚悟がなければ、こんな僕の監視者は務められないのかもしれない。子供にそんな思いを抱かせた自分の醜さが、ただ憎たらしい。
(もう、僕は誰も殺したくない。人も鳥族も……)
監視者になるよう命を受けた以上、それはそう簡単に逃れられるものではないはずだ。逃れられるとしたら、クロエのように――。
それを避ける為にも、使命を全うして貰わなければならない。あの男に辿り着く為にも、彼女の命があることは必須だ。
「それが、僕の監視者になるってことみたいですから」
しばらく、唖然とした様子で僕の話を聞いていた彼女だったが、突然不快感を顔に滲ませて立ち上がり睨みを利かす。
「言われなくても分かってるって! 私様を舐めないで! 貴方になんか殺されない! 言ったでしょ、クロエほど優しくなんてないって! というか、こんな所でちんたらやってる暇ないの! ボスからのご命令でね、貴方を今からある場所に招待するわ」
アルモニアさんはそう言うと、手からトランプの束を出現させる。
「ある場所? それは……」
「貴方の本来住む場所。覚えてないだろうけどね!」
そして、彼女はトランプを空高く投げた。重力がある以上、普通は舞い落ちてくる。が、そのトランプとは普通とは違っていた。まるで生きているかの如く、トランプは僕らの周りを鳥のように飛び回り視界を染め上げていく。
「っ!?」
「It's Show Time!」
満足げな声色で、彼女がそう叫んだ瞬間――体がふわりと浮く感覚を覚えた。




