呪術の生みの親
―学校 朝―
「えー呪術というのはぁ……自分の命が必要になる大変危険な魔術じゃ。呪術を生み出した国、武蔵国でさえも今は使用を禁じておる。なので、術式などは一切説明せんからのぉ。ほほっ」
しわがれた声で、そう教授は説明していた。していたのだが、突然僕に視線を向けた。僕はそれに少し嫌な予感を感じて、ペンを持つ手に力が入った。
「んー? どうしたタミ君。わしをジッと見て」
「え? そ、その……話している人を見るのは基本じゃないですかね?」
「ほう! しかし、タミ君の見ているのは……わしの口元じゃないかのぉ?」
「うっ」
図星だった。だって、気になるのだ。言葉を発する度に、ひげがわさわさと動いているから。口を覆い隠すくらいのひげは邪魔じゃないのだろうかとか、いつもどうやって食事をするのだろうとか、湿気や温度調節は大丈夫なのだろうかとか。
全然授業には関係ないことは承知しているが、どうしてもそっちに目が行って考えてしまうのだ。
「ほっほっほっ! 主は顔に出やすいのぉ!」
「……すみません」
「ええんじゃよ、これはわしのアピールポイントでもあるからのぉ。注目されるのは大歓迎じゃ! ま、じゃが今は授業中じゃ、わしの話を聞いとくれ」
優しく注意されてしまった。どこからか、クスクスと風の囁きのような笑い声がする。恥ずかしくて、何も言うことが出来ない。
正直、教授の顔を見ているのも辛い。辛いけれど、ここで顔を逸らしたら余計に何か言われてしまうかもしれない。だから、僕は必死に教授を見つめる。今度は口元ではなく、目を。
「えーっと、どこまで話したか……おぉ! 全然話しとらんかったのぉ、教科書を全然めくっとらん」
教授は、そうぼやきながら教科書をペラペラとめくり始めた。
「大丈夫ですか? 顔が真っ赤ですよ……」
教授がこちらを見ていないタイミングを見計らってか、アリアさんは僕に小声でそう優しく問いかけた。
「……ハハ、問題ないです。ハハ」
体全体が、熱されているんじゃないかと思うくらい火照っている。授業が始まったばかりなのが、さらに辛い。逃げることも穴に入ることすら叶わない。
「えっと、教科書の三十二ページを見て欲しいんじゃが」
ようやく、教授は目的のページを探し当てたようで満面の笑みで顔を上げた。すると、教室全体で教科書をめくる音が鳴り始める。めくるスピードはそれぞれで、音も少し違う。まるで合奏のよう。僕もその合奏に参加して、教科書をめくる。
この教科書をめくる音が僕は好きだ。この音を聞くと、心が落ち着く。さっきまで感じていた恥ずかしさも霞む。そして、その目的のページを開いた瞬間だった。僕はあまりの衝撃に硬直してしまった。
(これは……!?)
その目的のページには、呪術の生みの親についての解説があった。そこには、白黒写真と共に名前も丁寧に記してある。僕はこの人物を知っている。知っているというのは、顔見知りという訳ではない。何故なら、昔の人だから。
ただ、僕の国ではかなりの有名人だ。知らない人などいるはずもない。何故なら――。
『宝生 暁。武蔵国初代王、享年九十四歳』
僕の祖先であり、かつこの武蔵国を圧倒的な力で治めた王として名高く、今もなお尊敬され、暁という名は僕の国では生まれた赤子につけることすら許されない……偉大な人物だから。




