この手に取り戻した物
―学校 朝―
(こんな所で、寝ている場合じゃないっ!)
アーリヤの力がなくなった理由を突きとめなければ。僕は飛び起きて、一目散に扉へと向かった。
「え、ちょっと!」
背後から声が聞こえたが、それを無視して取っ手に手を置こうとした。だが、その前に前触れもなく扉が横にスライドし、僕の手は空を切った。そのせいで体勢を崩し、僕は前のめりになって何かにぶつかってしまった。人の存在があったことに気付いたのは、ぶつかった後だった。
「うわぁ!?」
「きゃ!?」
一つのことに夢中になり過ぎていたせいで、人の接近に気付かなくなるくらい鈍っていたらしい。どすん、と鈍い音が辺りに響き渡る。
「君は……!」
尻餅をつき、痛みに顔を歪ませる女性――僕は、彼女を知っていた。
「いててて、おはよう。えっと、タミ?」
引きつった笑顔を浮かべ、僕を見上げるアリア。本名を知っているのに、あえて偽名で呼んでくれた。散々、彼女を侮辱したというのに、こんな僕を気遣ってくれるなんて優しい女性だ。
「あら、アリアちゃんじゃないですかぁ」
「おはようございます、アーナ先生。お疲れ様です。昨夜はお世話になりました」
アリアはお尻を押さえながら立ち上がると、軽く頭を下げた。
「いいんですよぉ。治療こそ、私の本分って感じですからぁ。それで、彼女は?」
「早朝に目を覚ましたら、戻らないと大変だってどこかに行ってしまって。とめたんですけど、意思が固くて……大丈夫でしょうかね?」
「自分の意思に従って行動出来るくらいには元気みたいですしぃ、大丈夫ですよぉ。それより、そんなに急いでどうしたんですぅ?」
(一体、誰の話をしているんだ?)
彼女達の会話は、僕には全く分からなかった。彼女が誰なのか、二人が何をしていたのか……それを知らないので、ただ首を傾げることしか出来ない。
「あ、そうでした。ちょっとタミに用、があって……これを返そうと思って」
「僕に?」
ハッとした表情で、彼女はポケットからある物を取り出す。
「それは、僕の……?」
アーリヤに出会ってしまったあの日、僕が森で落として手に取ることが出来なかったペンダントだ。ただのペンダントじゃない。特別で、特殊で……僕の罪を証明する大切な物だ。世界と時を繋ぐ鍵としての役割もある。
『こんな物があった所で何になるというのじゃ? この世界にそなたの居場所はどこにもないのに、こんな物を守って何になる? お前を必要としない国の為に頑張って何になる?』
こんな言葉に惑わされ、全てに絶望してしまった。意味とか意義とか、そんなものは関係なかったはずなのに。手放してしまうなんて、情けない話だ。それもこれも、僕が未熟過ぎるせいだ。
「こんな綺麗な物、私がずっと持っている訳にはいかないから。とても頼りになったの。はい、どうぞ」
「あぁ……ありがとう」
僕はそれを受け取って、久しぶりに身につけた。小鳥が消えてしまったあの日から、肌身離さず持っていた物。この手に戻ってきて、とても安心感を覚えた。僕にとっては、数少ない故郷から持ってきた物でもあるから。
もう二度と、戻って来ない可能性だってあった。けれど、拾ってくれたのがアリアだったから……こうやって巡り会えた。
(僕は、こんな誠実で美しい心を持った人に嘘をつき、欺き続ける勇気なんてない。小鳥、いいだろうか? 彼女には、真実を伝えても。僕の全てを教えても)
アリアとのことは、コットニー地区であったことでしか覚えていない。けれど、彼女は僕を『友達』だと言った。僕は知りたい、思い出したい。こんな僕の為に、命を張って迎えに来てくれた彼女にしっかりと向き合って、ありのままの僕として関わり合いたい。『友達』に、嘘はつきたくないから。
(よしっ!)
一つ、僕は覚悟を決めた。そして、口を開こうとした時――。
「あ、あの! タミ、一緒に! 夜に! レイヴンの森に行ってくれない!?」
あまりの気迫に、僕は言いたいことも言えずに頷くしか出来なかった。




