いいダシになった
―N.N.コットニー地区 夜―
こんなゴミみたいな輩にも、真っ赤な血は通っている。目を瞑り安らかな顔で、死に絶えた。
「永かった。あまりにも永かった。リアムが不意を突いてくれたお陰かな。ま、あまり褒められたことじゃないけどね」
「ごめんなさい……」
光を失った目で、彼はたたじっとアレンの亡骸を見つめる。リアムは、巽君のことになると何かスイッチが入ってしまうみたいで困る。そうなると、自分にも中々とめられない。しかも、最近は彼が敵勢力になってしまったと知って病んでいた。
「さて、後処理は皆に任せるか。自分はちょっと、用があるからね」
きっと上手くいっているとは思うけれど、そこには巽君という存在がある。もしかしたら、もしかするかもしれない。今の所、その兆候は感じられないが、実際にこの目で見て確かめてみる必要がある。期待に胸を躍らせ、一歩踏み出した時だ。
「……お前は、どこまで見通していた? 本当は、リアムがそうなることは分かっていたんじゃないのか? 勿論、俺が守り切れないことも」
後悔と悲しさが滲む声色、そこには僅かに憤りが伺える。龍のくせに、人間臭くなったものだ。
「分かっていたことを伝えたとして……君にどうにか出来たのかな? 力の差は歴然で、何なら足かせにしかならない者達を守れたのか? だから、自分は役立たせてあげる方法を考えたまで。現に、君は力を取り戻した。いいダシになったでしょ? 彼らの犠牲には意味が生まれた。やれやれ、綺麗になってしまってなぁ。やりにくくなったなぁ、もう」
このやり方が一番の早道だった。彼自身の犠牲を思う心を引き出すこと。一番失いたくないものを奪われることで、彼が復活するのではないかという仮説があったから。結果、その通りだった。
「最初から……そのつもりだったのか」
「変わったのは君だろ? さ、そこに埋もれてる精霊さんを連れて森へ帰りなよ。教授である君は死んだ、名誉の死だ。学校の為、生徒の為、君は英雄になれるんだ。正義の為に散った死は、誰からも尊ばれる。残念ながら、君の元へは還元されないけれどね。侮辱されるよりはいい、選抜者達も報われる。フフフ……」
自分の為に救える命を見捨てて、それを想い悲しむ者達を見て力を得ていたのが信じられない。大きな争いは起きずとも、小さな争いは必ず起きる。小さな争いで死を見届けて、大きな争いが発生する前に太平を司る龍としての力を使う。そんな奴だったというのに、困ったものだ。
「お前……お前はっ!」
奴は手を伸ばす。その鋭い爪で、自分を傷付けようとでも思ったのだろう。けれど、それは呆気なくイザベラによって防がれた。太平の龍は、力的に戦いに不向き。感情的になれば尚更。
「触れさせない」
「くっ!」
「仲良くしよう。今更、敵対しても意味はないだろう? 今出来ることなんだろうね? 本来の力を取り戻した君だから出来ることって……なんだろうねぇ? さて、今度こそ行くよ。じゃ、頼んだよ」
身が焼けてしまいそうな怒りを背中で感じながら、ゆっくりとアーリヤの邸宅へと向かった。




