果てを思う
―アレン コットニー地区 夜―
俺の問いかけに対し、リアムは魔剣を目の前に掲げて首を傾げる。
「これが魔剣? そうだったんだ。何か変だなとは思ってたけど」
「リアム、どうしてここにいる?」
すると、背後で硬直していた太平の龍が緊張した声色でそう尋ねた。リアムは、鬱陶しそうに振り向いた。
「うるさいなぁ、龍? 俺の知り合いにそんなのはいないはずですよ。誰ですか? 邪魔しないで下さい」
「っ、リアム……」
その言葉を聞いて、奴はとても悲しそうに俯いた。リアムの反応は当然だ。龍としての彼を知らないのだから。そして、すぐに顔をこちらに向ける。
「魔剣だろうが何だろうが、お前を殺せるならどうでも良かった。この世界の悪を、正義で消せるなら……」
彼の発言は、俺の笑いを誘った。痛みを助長したが、それでも堪え切れなかった。
「アッハッハハハ……! っう!」
「なんだよ、何かおかしい?」
「おかしいに決まってるだろ。その剣につく血を見ろよ。俺の血だぜ? どうして血が出てんだよ? 君が斬りつけたからだろ? 正義が殺すことを目的として、不意にそれをやるかよ。君は、どれだけ足掻いても悪だ。悪を挫いた悪。いるんだよね、自分がヒーローだって勘違いしてる奴。たちが悪いよなぁ。まさか、君がそんなのだったとは。ちょっとがっかりだなぁ」
何を持って悪とするのか、その基準は時代によって変化していく。悪とは何か、正義とは何か。不毛な争いだって生まれる。ただ、悪はおおよその者に受け入れられないという側面がある。つまり、常識の枠の外にあり共感を得られなかった者が悪だ。正義はいつも綺麗であろうとする。それで、同情と共感と支持を得る。
「違う。違う、違う! 俺は悪じゃない、俺はこの世界をハッピーエンドで終わらせるんだ!」
彼は目を見開いて、耳を押さえて何度も激しく首を振る。
「終わらせる? 一体、その理想の為にどれだけ犠牲にするつもりなんだぁ? 君は、俺と同じ。自分の為なら、どんなものも破壊する。何ら変わりない。だから、君は――」
「リ~アム。駄目じゃないか、勝手に突っ込んでったら。それのとどめは、自分がやらないといけないんだ」
上空から優雅と舞い降りてくる、無数の影。その中央には、かつての俺のおもちゃの姿があった。真っ白で美しく希有な存在。当時の価値観では受け入れられず、虐げられた哀れな者。
「だって……」
「だって? だってっていう言い訳で、やっていいことと悪いことがあるんだよ。さあ、その剣を貸して」
その名も、N.N.。存在を否定され、抹殺することすら恐れられた者にはそんなコードネームのようなものが与えられた。彼の人格の形成には、俺のこの存在を語らずにしてはいられない――が、もはや俺に語る猶予は残されていなかった。
(嗚呼、まさかこんなことになってしまうなんて。でもまぁいいか。最期にこれだけ暴れられて……満足ではないけど、幸せだ)
同意を得る前に、リアムの手からひったくるように剣を奪ったN.N.。少し焦っている様子だ。
「何か言い残すことは?」
「それが……育て親への態度か?」
「育て親? 笑わせるなよ、自分は一度も思ったことはない。さぁ、もう次はない。次の言葉が何であろうと、それが貴様の遺言だ」
どいつもこいつも、俺に容赦ない。こんなにも弱った身なのに、慈悲すら貰えない。今までの報いだろうか。
(遺言……か。そうだなぁ)
遺言を残せと言われても、今まで一度も考えたことなどなかった。死ぬことなどありえないと思っていたから。凡人共に、殺されるはずがない。この世界の正体を知らぬ者に殺される訳がないという驕り。本来の基準を超えて生きることは、人を傲慢にさせてしまうのかもしれない。ならば、同じ道を辿っている目の前の人物に伝えておこう。
「お前は俺の鏡……必ず、同じ道を辿る。地獄で逢おう――」
(この世界で暴れ続けたかった、な)
目を閉じ、果てを思う。行き着く先は、希望か絶望か。全てを見届けられないことだけが、ただ残念で仕方がない――。




