魔剣を扱う者
―アレン コットニー地区 夜―
「――っぁ、あれ?」
拳に当たる感触がなくなって、ハッと我に帰る。周囲を見渡すと、瓦礫の山が広がるだけでそれ以外に何もない。
「もう、終わりかよ。もっと俺を楽しませてくれよ……つまんないだろ、こんなの。選抜者なんだろぉ!? 七人もいてこの様って、世も末だ。どっかで不意打ちに狙おうとかしてねぇの? もう、何でもいいよ。生きて俺を楽しませてくれよぉ!」
そんな俺の呼びかけは、ただ風に運ばれ消えていく。
「マジ? はぁ……俺は、ただ力の限りに暴れたい。そのサンドバックが、なくなったら意味ないだろ。ねぇ、本当にどこかいたりしない?」
「――やめろ、もう終わってる。これ以上は、何も生まない」
徘徊していると、上空に一匹の緑色の龍が現れて偉そうにそう声をかけた。
「不幸は不幸を呼んでくるんだ……あぁ、こっちも復活か」
太平を司る龍、俺達の時代ではハーモニウスと呼ばれ崇められていた存在。レイヴンの森の奥を根城とすることで、自然の信仰者からも力を得ていた姑息な龍だ。
「もう一つ、不幸な知らせを伝えてやろう」
龍が優雅に、俺の前に降り立って軽蔑的な視線を向ける。
「なんだ? もしかして、お前が俺を満たしてくれるのか?」
「そんなことはしない。太平を司る者として、お前の犠牲は必要ないと判断した」
「ハハハハハ! 戦ってもないのに、勝利宣言をしてしまうとは流石だな! 気持ち分かるが、俺は――」
「アーリヤは消えた。もういない」
俺の話を遮って、はっきりと言い切った。寝耳に水、そんなはずはない。完全復活を遂げ、まだ力の流動をこの地区で感じていたから。だから、これは嘘だと確信した。
「おいおい、俺を騙すならもっと上手い嘘をついてくれない? 誰があれを作ったと思ってるんだよ。俺の理想を作り上げる為の装置だよ? 遠く離れているとはいえ、気配がなくなれば流石に気付く」
アーリヤを作ったのは、この俺だ。遠い昔、悪戯好きの神を名乗る男から物作りのヒントを貰って創造した。初めてにしては、素晴らしい出来。そして、俺は彼女を主として崇める傀儡の役割を演じ続けた。本来の関係を匂わせないくらいに。
「そうか。力自体は確かに存在している。まぁ、信じられないというのなら……その目で確かめることだ。俺は、お前に用があって来た訳ではな――」
刹那、電光石火の如く何かが俺の体を貫いた。素早く通り過ぎたかと思えば、少ししてじんわりと広がっていく痛み。
「う゛っ!?」
力が抜けて、崩れ落ちていくその瞬間はまるでスローモーションのように見えた。愕然とした表情に変わっていく龍の顔も。
「タミは……巽はどこ?」
そんな俺を蔑むような目で見下ろす男――タレンタム・マギア大学の優等生リアムがいた。その手には、マイケルが勇ましく振るっていた魔剣が握られ、俺の血を吸収して気持ち悪くなるくらい輝いていた。
「お前が巽を……っ!」
狂気に堕ちた瞳を血で濁らせながら、さらに剣を何度も振り下ろす。避ける手段を持たず、ただ俺はそれに斬られるのみ。
「魔剣を扱える……のか」
地面に倒れ伏したにも関わらず、地面の冷たさを感じることが出来ない。魔剣によって、何度も切り裂かれた俺には反撃の手段もない。死を悟る他なかった。




