アリア
―学校 朝―
僕は、女性と共にこの呪術教室に来た。ここに来るまでの道のりは、お互い一言も発さず静寂に包まれていた為、思い出したくない。
幽霊だと、勝手に思い込んでいた僕は気まずさで言葉を発せなかった。女性は、気恥ずかしさでも感じていたのかもしれない。
(なんか凄く疲れたな……)
「あ、ありがとうございました……とても助かりました」
僕の隣にいた女性は、教室に到着するや否や素早く僕の目の前に来て小さく歪に笑った。多分、彼女は笑顔を作るのが苦手なんだろう。それでも、僕に感謝の気持ちを伝えようと必死に笑みを向けている。
「いや、いいんです」
「私、存在感がないみたいで、別にいてもいなくても出席は貰えるんですけど……でも、それは自分の為にはならないので……本当にありがとうございました」
「存在感がない?」
「不思議なもので……小さい頃からなんです。鬼ごっこでは誰も私を追いかけてくれなかったり、かくれんぼをしても、私だけ見つけて貰えなかったり……とか。アハハ、だからなんだって話なんですけどね」
彼女は、気恥ずかしそうに目を逸らした。
(存在感がないから匂いも感じなかったのか? 彼女は無自覚の内に、存在感を消してしまっているとか? そんなことがありえるのか? 自分で自身の気配をコントロール出来ない……幼い頃、いやもしかしたら生まれつき?)
彼女の言葉で色々なことを考えてみたが、僕はその筋の有識者ではない。勝手に想像することは出来るが、確かな答えを導き出すことは出来ない。
「僕の姉も……そんな感じですよ」
「え? そうなんですか?」
「ちょっと違うかもしれないですけどね。本人は、完全にそれを利用していますよ。それで、いつも僕をからかうんです」
「面白いお姉さんですね」
僕の姉――美月は存在感がない。ないが、出すことも出来る。羨ましい限りだが、それを僕に向かって悪用するのはもうやめて欲しい。
「色々大変だと思いますけど……いっそ、開き直ってしまうと楽になるかもしれませんよ。特技になるかも」
「参考にします。あ、そろそろ授業が始まるみたいですね……」
彼女の言う通り、呪術の教授が杖を突きながらゆっくりと入口から現れた。古びた薄緑色の着物に、真っ白な髪と真っ白な長いひげ。まるで、仙人のような格好だ。
「そうですね、座りましょうか」
小さな教室にいるのは、僕らを含めて十二人。やはり、かなり少ない。でも、僕はこの教科が一番好きかもしれない。一番理解出来て、使い慣れているものでもあるから。
「あ!」
僕が適当な席に座ろうと足を一歩動かした時、彼女が小さく言葉を発した。
「名前、教えて下さい」
「え、名前?」
「助けて貰った時は、名前を聞くべきらしいです」
彼女は、真剣な面持ちでそう言った。
「絶対条件じゃないと思いますけど……僕の名前はタミです。これからもよろしくお願いします」
「はい。あ、私の名前はアリアです。多分、この呪術だけだと思いますけど、よろしくお願いします」
彼女は綺麗だけど、少し変わった人だと思った。




