迷う心
―アーリヤの邸宅 夕方―
力を奪われないように抵抗している間にも、僕は鎖や他の魔法を使ってアーリヤを別の手段で攻撃しようとしていた。だが、それら全てアーリヤの纏う力に呆気なく防がれた。
「くっ、うぅぅ……!」
一人で解決するには、防御と攻撃も同時にこなさなければならない。それが、僕に負担を与えた。欲張り過ぎたのかもしれない。アーリヤに自分の考えを悟られにくくする魔法は継続して使わなければならない上、力を奪われないように意識も集中させ、攻撃も加える。器用でもなければ、力不足な僕には想像以上に体に負担がかかった。
「随分と苦しそうではないか、先ほどまで飄々としておったというのに」
「……っ!」
じわじわと、僕は押されていた。まだ目に見えるほどではなかったが、体感でははっきりとしている。このままでは、また僕は彼女に囚われてしまう。また僕はいいように利用されてしまう。
(くそ、魔力が不足してきているということか。だけど、ここで食い下がれない。食い下がったら、終わりなんだ!)
心が焦りに支配されていくのを感じた。どれだけ時間をかけても、先にあるのは敗北だけ。証明されてしまう、僕の弱さが。
「巽よ、そなたの健闘は称えてやろう。その状態でわらわに歯向かうという度胸ものぉ。どうじゃ、わらわと取引をせぬか?」
アーリヤは鼻で笑って、ついに目に見える形で僕の力を押し始める。
「取引……?」
「そうじゃ、あまりに不毛だとは思わぬか? そなたに得などない。ただ疲れるだけじゃ。ここまでのことをやった、それは評価に値することぞ。特別に、全てを不問としてやろう。そなたを痛めつけるようなことはしない。勿論、大切な姉上達を傷付けるようなことものぉ。ただし、永遠にわらわの人形として生きていくことが条件じゃ。そなたから意思を奪い、不幸だけを感じる心に作り変えてやろう。わらわの今の力があれば、容易いことじゃ」
その取引の内容は、僕にとって容易に受け入れられるものではなかった。僕は自我を失い、本格的に人形と成り果てる。もう自由にはなれない。いや、自由という存在すら認識出来なくなる。僕が得られるのは、終わりなき不幸だけ。その代わり、美月達は救われる。全てが無駄になってしまうけれど、僕のせいで命を落とすことはない。
その提案に、僕の心は揺れた。勝利はない。けれど、最低限は保障される――。
「そんな……そう言って、僕を騙すをつもりでは? 後からなら何とも出来る。僕から意思を奪う? 不幸だけを感じる心に作り変える? そうなったら、その取引が果たされるかどうかなんて分からないっ!」
「わらわは別にのぉ、そなたとアレンさえおればそれで構わぬ。その他など、本当はどうでも良いのじゃ。わらわを信じる度胸は持ち合わせておらぬのか? さぁ、どうする? そなた一人の犠牲で済むのじゃぞ? もし、この取引を拒めばあやつらは……ん?」
僕の背後に視線を向けた時、彼女の動きがぴたりととまった。すると、僕を押していた力が波のように引いていく。心が折れかけていた僕にとっては、またとない好機であった。
(何か……美月達にあったのか? っ、だが今は構っている暇はない、後があれば……僕が奇跡を起こせれば!)
僕は魔法を解除し、力全てをアーリヤそのものに向ける。今なら押し切れる……そう判断したからだ。僕は両手を、彼女に向けて意識を集中させる。現に意識が逸れた彼女の力は、とても軽かった。
「姑息な……まさか、これもそなたらの作戦か!?」
それに気付いた彼女は、再びこちらに視線を向け力を高めていく。すると、僕が全力で出す力でさえも、彼女は軽々と抑え込もうとしてくる。
「そう思うのなら、思って頂いて結構です……! 負けない、僕は貴方に! 例え、一人でも僕は――」
「きゃははは! なぁにを馬鹿なことを言ってんのぉ!? 巽! あんたは一人じゃないわ! ウフフフフ! 私達が力を合わせれば、こんな女対したことないわぁ! ね?」
聞き慣れた、そして違和感のある感情のこもった声が突如隣から聞こえたかと思えば、力を放つ僕の腕を誰かが握った。
(え? この声って……)
まさか、と思い目線だけ向けると今まで見たことがないくらいの満面の笑みを浮かべる美月がいた。




