急造した舞台の上で
―アーリヤの邸宅 夕方―
僕に出来たのは、シールドの破壊まで。流石に、そこまで甘くはなかった。アーリヤは黒い空間に逃げ込み、僕からは対角線上に姿を現す。
(誰かには頼れない。今、この場でまともに戦えるのは僕。アーリヤとは、力を宿している以上繋がりは断ち切れない。行動を読み取られてしまう可能性がある。あれを使えば多少を防ぐことは出来るかもしれないが、それでも完全には無理だ。驕ってはいけない)
僕は、遮蔽の術を使用する。表情や気持ちを悟られることによって、自分の益を減らすことを防ぎやすくなる魔法だ。ただ、この術をかけられるのは一人だけ。対象以外に効果はない。あくまで、一人に対する目くらまし程度。一騎打ちでしか意味を成さず、他者の妨害がないことが絶対条件となる。
加えて、相手は僕との繋がりがあるアーリヤ。どこまで通用するか分からないが、やらないよりは絶対にいい。後は、僕の努力だけだ。幼い頃からの日々の鍛錬で身につけた弱者なりの力、自分すら騙せるくらいの演技力で――力を証明する。
「アハハ、逃げるなんて酷いじゃないですか。貴方なら、僕の剣をしっかりと受けてくれる度胸があると思ったのですが」
「……我が防壁を打ち破ったくらいで、いい気になるでないぞ。何故……何故じゃ、わらわの力をその身に宿しながら歯向かう理由はっ!」
「そんなの……僕を僕として認めてくれない人に、付き従う理由なんて見当たらないからですよ」
「傲慢じゃ、わらわに一人の人間として認めて貰おうなどと考えるとは愚の骨頂。わらわの養分にしかなれぬ者に、そんな権利などあるものか。謀反を犯した罪、きっちりと償って貰う。先ほどの罰など生温い、そなたにわらわの力を使う資格などない!」
我慢の限界だと、ついにアーリヤはそう言い放つ。彼女の力を奪われるということは、あの楽な移動や力を奪える鎖を失うということ。同時に、感情を読み取られる危機を回避出来る可能性が上がるということ。
だが、あくまで可能性。仮定でしか語れず経験もないことに、この状況で足を踏み入れるのは愚策だろう。ならば、ある程度理解もあって損得が明確な方法で成すべきだ。
「……何の冗談でしょうか、こんな時に。元は貴方の力だったかもしれません、ですが……今は僕の中にある。つまり、今は僕のもの。決して渡したりはしませんよ」
そして、僕は彼女の更なる苛立ちを誘うように微笑みを向けた。僕に死などない、死は負けではない。僕の負けは、彼女の思うがままにされてしまうことだけだ。僕しか目に入らなくなるくらい追い込むことが、力に驕る彼女への対策。余裕がなくなり、綱渡り的状況に追い込めた時が――勝負の終着点だ。
「この力、決して渡したりしませんよ」
「わらわを……どこまで侮辱するつもりじゃ。舐めよってからに、わらわが与えたものを自分のものと言い張るとはのぉっ!?」
彼女が、力を奪おうとしている。それを察した僕は、意識を体へと集中させて抵抗した。感覚的に例えるならば、綱引きだろうか。魂ごと抜き取られてしまうのではないかと思うほどに強い力だ。身が裂けてしまいそう。その辛さを悟られないように、僕はあくまで演じ続ける。
(この距離関係で……これほどとは。流石だ、だが!)
「フフフ……! 力比べですか……負ける訳にはいきませんね?」
偽りの笑みを浮かべ、偽りの気持ちを装いながら、アーリヤただ一人を欺く為に急造した舞台の上で。




