見て聞いて、そして
―アーリヤの邸宅 夕方―
僕はアーリヤ様の力の源にはなれたけれど、右腕とはなれなかった。アーリヤ様が一つの力として振るう存在にはなれなかった。尊敬する人物にこの力を認められたい、ただそれだけなのにちっとも叶わない。圧倒的実力不足と経験不足のせい。生まれながらにして、弱者である者の運命。
(僕には出来るのは結局、ここから決着を見守ることだけ……力不足、僕には何もかもが足りない)
たった一人でアーリヤ様は、アリアと美月の相手をしている。その実力差は目に見えて明らかで、アーリヤ様は悠然と立ち振る舞っていた。余力を明らかに残している。まるで、子供と戯れているようにすら思えてくる。
(このままいけば、いずれ美月達は敗れる。その頃にはクロエも死んで……きっと、全てが終わる)
完全体以上の力を手に入れたアーリヤ様と、既に連戦続きで疲弊している二人。その分のハンデを差し引いても、圧倒的と言わざるを得なかった。
(アーリヤ様は、疲弊している二人に合わせた戦いをしている。もはや、これは戯れだな……)
疲弊している美月一人すら、僕は殺せなかった。呪いの力を使用しても、それすら防がれた。僕にもう手段なんてない。何もする気が起きない。どうせ、起こせないのだから。
「た……つみ、君」
僕が無気力に眺めていると、こちらに向かって床を真っ赤に染め歩き寄るクロエの姿が映った。執念とでも言うべきか、異常なまでの精神力と生命力だ。とても剣が刺さっているとは思えない。
「ぁ、なたしかいない……私には……時間が、っ!」
僕の目の前まで来た時、ついに彼女は糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
「目、覚まして……彼女達の声にちゃんと耳を傾けて……」
必死に声を出し、言葉を伝えようとするクロエ。その顔からはすっかり血の気が失われ、こうやって僕に話しかけているのが不気味なほどだった。
「心を、閉ざさないで……お姉ちゃんの声を……友達の言葉を……」
震えながらもその手を伸ばし、そのゾッとするほど冷たい手で僕の手を取った。
「くっ……! ちゃんっと! 聞けぇっ!」
そして、血を吐きながらそう強く訴えた。般若の面のように、恐ろしい形相。死にかけ子供の出来る表情ではない。どうして、命を削りながら僕に何度も訴えかけるのか……ふと、そんな疑問が浮かんで思わず問いかけてしまった。
「お前はもう何も出来ない。それどころか、死へと向かっているのに……何故? 何がそこまでの力になっている? 僕は家族でも何でもないのに、命を削る理由がまるで分からない。その死を自ら受け入れたというのに、足掻く理由はなんだ?」
「ハハ。やぁっと、返してくれたね。何も出来ない? 馬鹿ね、出来る出来ないとか関係ないから……私がやりたいからやったんだ。け、結果は二の次よ。ね、巽君……見るだけじゃ駄目だからね。見ながら、ちゃんと聞くんだよ」
そんな話をしている最中、次第にクロエの握る力が弱くなっているのを感じた。焦点も既に定まっておらず、僕のことはほぼ見えていないように感じた。
「聞く……?」
「そ、ほら聞いてよ。ちゃん、と。ちゃんとね……」
目も当てられない姿になっても、必死に物を伝えようとする姿に同情してしまった。見ることも聞くことも、そんなに変わらない。アーリヤ様の命令を遂行に加え、そこに一つ足すだけだ。
(こんなことの為に必死に? 時間と命の無駄遣いだな……)
そして、僕は視線を再び三人のいる場所へと向けた。




