死の運命
―アーリヤの邸宅 夕方―
「……え?」
僕の剣は、寸前まで美月の胸を捉えていたはずだった。しかし、何故か貫かれているのは美月ではなく――クロエだった。理解が出来ない、この一瞬で何があったというのか。
「げほっ! くっ……」
急所を貫かれ、血を吐き出すクロエ。そして、表情を苦痛に歪め涙を流しながら僕を見つめる。
「意味が分からない……何故、何故っ!」
自分の気持ちの整理が出来ない。どちらにしても、殺す予定の人物だ。順番を狂わされただけ。ただそれだけの話であるはずなのに、どうしてこんなにも苦しいのか分からない。
「わ、私には……運命の流れを自分に向ける力がある。龍の……力を宿しているの。一部だけだけどね。ここにある死の運命を、うぅ……全て私に向けた。そうでもしないと、間に合わなかったから。後ろを見て、美月は無事だから……」
言われた通り視線を向けると、アリアの隣で呆然と立ち尽くす美月の姿があった。
「危なかった……駄目だよ、巽君。お姉ちゃんを殺そうとするなんて……」
「だからって、それで自分が犠牲になるだと!? 他人の為に、自身の命を投げ出すなど愚の骨頂だっ!」
「そうだね……そうかもしれないね。だけど、嫌だもん。私分かるもん、本当は気持ち悪いくらい仲がいい姉弟だって。許せないよ、こんな……形で……う゛う゛!」
もはや、彼女は喋られる状況ではない。口を開けば、余計に血は溢れ出す。それを彼女は分かっているはずだ。寿命を削っていくだけの行為だ。
「クロエ!」
「クロエちゃん!」
目の前の惨状に硬直していた二人も、ようやく我を取り戻した様子で駆け寄って来ようとした。
「来るな!」
何もかも滅茶苦茶。体力も魔力も限界に達し、アーリヤ様に尽くす為に出来ることなど限られている。僕に出来るのは、悪足掻き紛いの行動だけ。自分を騙して理想を演じ、動揺を遠くへ押しやることが精一杯だったのだ。
「来るなって……馬鹿なのかしら。クロエが死んで……殺すことになるのよ」
「ハハハハ! 今更なんだ。私の手は既に血で汚れている。一人くらい増えた所で……っ! 彼女の為を思うなら、近付かないこと……ただそれだけだ。死という運命は変わらないが、これ以上の苦しみを与えないようにすることなら出来る」
そんな僕の提案を、アリアを表情を曇らせながら、美月は鋭い視線を向けながら聞いていた。すると――。
「二人共、私のことなんて……気にしないで。運命は全部私が引き受ける。だから、もう何も怖くなんてないわ……どうせ、死ぬの。せめて、有意義に逝かせて。やっと誰かの役に立てるんだもん。子供の我がままを許してよ」
「そんな……見殺しにしろってことですか!?」
「――ごちゃごちゃとうるさいのぉ。人様の部屋で騒ぐでないわ。貴様らの死など、他愛もないことだ。そんなことより……巽よ、そなたはよくやった」
僕達が一定の距離を保ちながら、言い合いを続けていると背後にいたアーリヤ様が口調を弾ませながら僕の隣まで歩み寄り、不敵な笑みを向けた。その時、僕は感じた。強大な今までにない力を。
「……アーリヤ様?」
「そなたのお陰で、わらわはどれほど助かったたか。本来の力を取り戻すことも出来た上……過去以上の力を与えてくれるとはのぉ」
そう言うと、アーリヤ様は血で汚れた僕の頬を優しく撫でた。その瞬間が心躍るほど嬉しくて、認められた気がして、まさに至福の時であった。
だが、突如彼女は表情を豹変させ、虫けらでも見るような目で僕を睨みつける。
「じゃが……このハエ三匹程度も殺せぬとは情けないぞ、巽よ。わらわの手を煩わせることへの罰じゃ。床で、己の未熟さについて真剣に考えておけ!」
「え……? う゛あ゛あ゛あ゛あ゛っーーー!」
僕の体を襲う痺れるような痛み。やがて、その痛みは消えていく。僕の気力や魔力と共に、立つことが出来なくなるくらい程度に。
「あ、あ……アーリヤさ、ま……」
剣を持っていた手からも力が抜け、クロエよりも先に僕が床に倒れた。
「た……ぁ」
誰かに構っている状況でもないくせに、彼女は力を振り絞るようにして僅かに手を動かして僕の腕を掴もうとした。しかし、当然ながら死にかけの者にはそんなことなど出来るはずもなかった。
「なんてことを……!」
「安心せい、わらわの妖術じゃ。死ぬほどのものではない。その餓鬼にも命の瀬戸際まで楽しんで貰おうと思ってのぉ。死に等しい攻撃は、その女に向かってしまうのであろう? 恐ろしい……ふふふ、では力の試運転とでもいこうかのぉ。わらわは、巽のように迷いなどない。わらわを楽しませるくらいの技量があることを……期待しておるぞ」




