呪いと共に貫いて
―アーリヤの邸宅 夜―
「――っ!?」
攻撃の隙を突き、美月を斬ろうとした時だ。
『美月が、僕に意地悪する~!』
『行動全てがとろくてむかつくの。すぐ泣くし、ウザイ』
『うわぁあああああん!』
昔の思い出が突然蘇り、僕の剣を鈍らせた。それを美月は見逃さず、容赦なくナイフで僕の腕を切り裂いた。
「どうしたの、もう疲れたのかしら。たった数時間程度の戦闘で疲れてしまうなんて、あんたの方が駄目になったんじゃない? そんな女に忠誠なんて誓ってるから」
「……黙れっ! 今のは私が至らなかっただけだ!」
服のお陰で深手を負わずに済んだ。が、数時間にも及んでいる戦いには僅かな傷でも染みた。
「今なら、その程度で許してあげてもいいわ。こんな馬鹿なことをやめるって宣言するならね」
「する訳ないだろう! 一度、私に傷を与えたくらいでいい気になるな!」
歯を食いしばり、自分を奮い立たせ再び美月に立ち向かう。見れば見るほど、美月の動きは隙だらけ。行動の雑さが時間の経過と共に増していく。幼い頃から鍛錬を重ねてきた僕から見れば、殺してくれと言わんばかりの未熟極まりない動き。体力が余裕があると思わせる為の発言であったことは明らかだ。だが――。
『ねーねー、僕と一緒に鬼ごっこしよ!』
『嫌だ。だって、あんた遅いもん。つまんない。あんたと鬼ごっこするくらいだったら、風と鬼ごっこした方がまだ有意義』
『う、う、ううううううっ! 馬鹿馬鹿馬鹿! 美月なんて嫌い嫌い大嫌いだぁああっ!』
(何故……何故、今更こんなことを思い出す! どうして思い出すと手がとまってしまうんだ、殺らないと……アーリヤ様への忠義の証明にならないっ!)
時間はかかったが、先ほどの攻撃で美月を仕留めるつもりだった。いくら美月が僕よりも体力もあって強いとは言っても、刃物を使った戦いは僕の方が経験を積んでいるのだから。
しかし、その推測は一瞬で崩れ去った。美月の急所を狙った攻撃を繰り出そうとすると、奇妙なことに昔の記憶が蘇る。
(こんなことで、手がとまってしまうから僕は……っ!)
アーリヤ様は、僕らの戦いにとっくに飽きて窓をずっと眺めている。美月が度々、彼女を狙おうとするものだからそちらにも気を張らなくてはいけなくて大変だった。
しかし、そうさせているのは僕。僕がもっと早く美月を疲れさせて、息の根をとめる段階まで持っていかなくてはならなかったのに。僕の考えが甘過ぎた。
(僕もまた実力不足……嗚呼、情けない。不慣れな美月を疲れさせるのにも、何時間もかかって……殺すのにも躊躇ってしまうなんて。出来れば、呪いの力にすがらずとも成したかったが仕方ない。これ以上、アーリヤ様を退屈させてはいけない)
己の力量不足は受けとめなければ、成長出来ない。現状の打破には、諦めも必要。覚悟を決めた僕は剣を構えながら、口を開く。
「……美月。私達は姉弟として、理想的な関係だっただろうか? 回顧して思うよ、なんて残忍な姉上を持ったのかと。ただ、尊敬はしていた。その強さは確かなものだから……姉上ならきっと、国を支えられると思っていた。この私と! その命を賭して戦うということさえなければっ!」
しっかりと剣先を美月の胸部に向ける、死の呪いを携えて。命懸けの勝負において、僕が負けることはありえない。確実に殺す為の手段だった。どれだけ美月が優れていようとも、これからは逃れられない。
「な……!」
現に、不幸にも美月が防ぐ為に胸部に構えたナイフは僕の剣によって遠くへと弾かれてしまった。しかも、その衝撃で美月は体勢を崩し、逃げることすら叶わない。無防備な急所に向かって、剣先が真っ直ぐに向かっていく。後は貫くのみ。
『はぁ……やっぱり、僕にはなれないかもしれない。王なんて。弱いし、父上の跡を継ぐなんて馬鹿みたいだ』
『どうしたの、父さんに怒られでもした?』
『うん、僕は未熟だって。王として器不足だって。否定出来ない、父上のお言葉に間違いなんてないんだ。父上の子供なのに……僕は……』
『父さんは不器用。直に受け取らない方がいい。厳しい言葉は、父さんなりの期待だし。何この糞くらいの気持ちで、流しとけばいいんだって。それに、私は、巽だからこそ王になれると思ったりするけどね』
まただ。また、脳裏に過去の記憶がよぎる。あまりに邪魔で鬱陶しい。それを跳ね除ける気持ちで、僕は叫びながら剣を前に出す。
「これで終わりだぁあああっ!」
覚悟は出来たけれど、その貫く瞬間を見届ける度胸がなかった。仮にも肉親だから。
「――巽君っ! 駄目っ!」
聞き覚えのある声が遠くから響いて数秒後、物を貫いた感覚と血しぶきが僕に襲いかかった。




