背後には
―学校 朝―
次の教室へと向かう為、廊下を歩いていた。重たい荷物を背負い、遠くにある教室を目指す。何かの鍛錬でもしている気分だ。
(瞬間移動でも使っちゃおうかな? いや……こんな時に使うのもあれか。浮遊するのも疲れるし……あ~ぁ、床でも動けばいいんだ。魔術大国ならそれくらいやれば出来るだろ……作らなくてもいいから、もっと近くにまとめて欲しかった。面倒臭いなぁ、行きたくない)
そんな理不尽な怒りを抱くほど、呪術を教えてくれる教室は遠かった。呪術の教室は特殊魔術研究棟と呼ばれる場所にあり、古代魔術学の教室がある魔術研究棟やその他の建物よりも離れた位置にある。
隔離されていると思うほどではないが、移動教室に追われる身としてはもう少しどうにかならなかったものかと思う。まぁ、どうにかならないからこうなっている訳だ。結局、僕もここまで来てしまったし。
(ちょっと早歩きで教室に行くか……あ~ぁ四階かぁ)
他の建物に比べると、少し古い。しかも、人の気配を一切感じないことから、あまりこの場所は好きじゃない。何かが出て来そうだ。絶対に夜には来たくない。
僕は息を切らしながら階段を上り、やっと三階の踊り場に到着した。疲労はかなり蓄積している。だが、休んでいる暇はない。大きく息を吐いて、再び階段を上ろうとした時のことだった。
「あ、あの……」
背後から、か細い女性の声が聞こえた。
「えっ」
予想外の出来事に、僕は思わず硬直してしまった。
(ど、どうして? 人の気配なんて……匂いもなかったぞ? 気配が消すことに長けている人? 何で消してるんだ? いや、もし人じゃなかったら……)
情けないほど、体が震えている。血の気が引いていく。体全体が凍てついていくような感じ。後ろに誰がいる、いるから話しかけられている。なのに、未だ気配は感じない。
「教えて……」
(やっぱり聞こえた! どうしよう!)
振り返りたくない、逃げたい。かと言って、ここから動くことも出来ない。
「……くれませんか。呪術の……教室を」
「へ? 教室?」
その言葉で、僕の身を覆っていた氷が溶けた。すぐに僕は振り返って、背後の様子を確認した。すると、そこには柔らかな栗色の髪をおさげにした女性がいた。
ぼんやりと全体を見て、その後しっかり女性を見て僕は驚いた。
(目の色が紫……初めて見たな)
その女性の目は、僕が言うのはあれだがあまり見慣れない薄い紫色をしていた。
「どこだったか分からなくなってしまって……ここまでは来れたんですけど、教室が分からなくて」
彼女はそう言って、悲しそうにその目を伏せる。
「あ、あぁ……そうだったんですね。すみません。実は、今から僕も呪術の教室に行くんです。一緒に行きましょう」
何故、彼女が自身の匂いを消すくらいに気配を消していたのかは謎だが、困っているのなら助けてあげなければならない。それが僕に出来ることならば。




