救うべき人
―アリア アーリヤの邸宅 夕方―
しかし、そこで繰り広げられるのは私の中で最悪な記憶――父の死の瞬間だった。黒い獣が父を襲い、グチャグチャにしていく。私の愛した全てが崩壊していく。認めなくなくても認めざるを得ない現実。
「お父さん……!」
目の前で起こっていること、それは全てまやかしだと気付いていた。私を陥れる為の罠だ。記憶の中にあるトラウマをほじり返して、それを見せている。頭でそれを理解していても、自分を抑えることが出来なかった。
あの時、私は父を犠牲にするしかなかった。それしか方法がなかったから。だから、せめて――この幻想の中でくらい父を救いたかった。
「逝かないでっ!」
私はまやかしの父に向かいながら、手を伸ばした。
「しっかりしろ!」
頬に走る痛み。幻想に囚われた私を、クロエちゃんが現実へと一気に連れ戻した。
「あ、あぁ……」
一瞬の内に、全てが消えていく。思い出の詰まった家も、愛おしい父も、憎むべき獣も全て。
「あいつ……ドールが持つのは幻惑の力。ああやって、沢山の者を二度と戻って来れないようにしてきた。しっかりしてよ、あんたはその辺の奴らと一緒じゃ駄目だ。何の為のペンダントなのさ、打ち勝つしかないんだよ」
「クロエちゃん……」
「私も見た、最悪で糞だらけの記憶をね。全部燃えて、全部消えていく。目の前で沢山の人が死んでく。助けたいって思っても何も出来なかった頃の。でも、あいつの魔法の中で手を出したら最後だよ。堪えて、耐えて、我慢するんだよ。ありもしない過去で何かを成そうとしても、意味なんてないんだから」
そう語るクロエちゃんの雰囲気は、子供のものとは思えないほど貫禄があった。その場しのぎでは出せない、積み重ねてきた思い過去があるからこそのもの。とても悲しそうな瞳の奥には、暗い冷たい推し量れないくらいの思いが見えた。
「ごめん、ごめんなさい……」
情けない。クロエちゃんに気を遣わせてしまった。強くならなくては。幻想に惑わされては駄目だ。父はもういない、死んでしまった過去は変えられないのだ。
「別に怒ってる訳じゃないんだよ、気持ちは痛いくらい分かるからさ。さて……ま、こんな話は後でも出来る。ドールをどうするかが今は先決ね。下手に近付けないし……でも、またすぐに魔法使ってくるだろうし……」
一度魔法を使ってしまうと、再び魔力を溜めるのに時間がかかるのか、ドールは黒いオーラをまといながら佇んでいる。
「痛イ……見えナ……暗イ。だ、レ」
「え……?」
今にも消えてしまいそうなか細い声で、私にはそう聞こえたような気がした。その瞬間、一つの可能性が脳裏に浮かぶ。自身の苦しみを、見えない闇の中で必死に訴えているのだとしたら。この子は、私達に危害を与えるつもりなんて本当はなくて、あの鎖やツタのせいで力がコントロール出来なくなり、このような状態に至っているのではないかと。
「どうしたの?」
「あの……もしかしたら、あの子は怖いだけなのかもしれないです」
「怖い? なんで?」
「あの子、両目が塞がれてます。もしも、私達が同じことをされたら……怖いですよね。どうにかしようと思いますよね。取ろうとしますよね。だけど、あの子の両手にはナイフがくくりつけられてます。あんなにボロボロなのは、もしかしたら……って」
最初は怪訝そうに私の話を聞いていたが、クロエちゃんは徐々に納得した表情に変わっていく。
「何も見えない中で誰かに敵意を向けられたら……怖いです。だから、自分の身を守る為にこうして……証拠はないです。どっちにしても、この子は苦しいと思います」
「そうは言っても……あ! そのペンダント!」
「はい、もう一度強く願ってみます。あの子のことを思いながら……これに賭けます!」
誰だって怖いはず。暗い中で、敵意を向けられるなんて。自分でどうにかしようにも、体がボロボロになっていく。どうして、もっと早く気付いてあげられなかったのだろう。この子も苦しんでいる――巽と同じ救うべき立場なのだと。




