不機嫌な姫君
―アーリヤの邸宅 夕方―
「はぁっ、はぁ……何なんだ、あの光は」
(何故だろう。あの光はとても懐かしい気がした……それに、一瞬だけ聞いた歌声。懐かしいきが)
目が焼けただれてしまいそうな鋭い光、部屋を移動しても影響は続いていた。いや、僕は自ら部屋を移動したのではない。強制的に転移させられてしまったのだ。
「世話の焼ける者共じゃ」
そう、アーリヤ様の手によって。憂いを帯びた表情で、窓から景色を眺めている。こんな表情のアーリヤ様を初めてみたような気がする。そんな彼女の前で膝を突き、頭を垂れるドライアドさん。僕と同じくらいダメージを受けたはずなのに、それを感じさせないくらい平然としている。僕は、立つことすらままならないというのに。
「も、申し訳ございません……」
苦痛に加えて、羞恥。忠義を誓ったアーリヤ様に醜態を晒した挙句、救われてしまうなど。情けなくて仕方がない。
「はぁ……まぁ、良い。巽よ、折角の機会じゃ。わらわの目の前で姉弟の戦いの決着をつけよ。そして、ドライアド……状況が変わった。フフフ、今すぐコットニー地区の入り口へ行け」
彼女は一息吐いて、こちらに向き直り僕らにそれぞれ命令を下した。
「え?」
ドライアドさんは、コットニー地区の玄関に行くことを思ってもみなかったようで、驚いた様子で素早く顔を上げた。
「聞こえなかったのか? 今すぐ、入り口へ、行け!」
それが不服だったのか、アーリヤ様は強い口調で促した。
「も、申し訳ございませんっ! 承知致しました!」
慌てた様子で、ドライアドさんはその場から姿を消した。
「さあ、巽よ。わらわの為にも、さっさと床に落ちておる剣を拾って後ろにいるその女を殺すのじゃ」
「お、仰せのままに……」
いつになく彼女は不機嫌だった。その責任は取らねばならない。アーリヤ様が、美月の死を望んでおられる。元よりそのつもりだったが、絶対に果たさねばならない理由が出来た。僕だけの為じゃない、それが僕に力を与えた。
(これ以上、アーリヤ様に失意を与えてなるものか。結果を出さなければ……見捨てられたくない。やっと、手に入れた僕の居場所。僕の……居場所なんだっ!)
「あんたが、あんたのせいで……巽が。絶対に許さないわ」
僕は痛みを堪えながら立ち上がり、美月へと再び剣先を向けた。
「中々上手く行かないものだ……今度こそ、ここで終わらせて貰う! 覚悟っ!」
美月の凍てつくような静かな怒りは、僕ではなくアーリヤ様に間違いなく向けられていた。無駄に考えている間に、隙を突かれてアーリヤ様に手を出されでもしたら困る。だから、僕は即座に体勢を変えてすぐに美月に斬りかかった。
アーリヤ様の意思に従い、願いを叶える。それが、目に見えた忠誠心の表し方。僕自身にも、形として見える。揺らぎを落ち着かせる――安心感を得ることが出来たのだ。
(今度こそ邪魔が入らないようにしなければ。アーリヤ様の御前で騒がれては迷惑だ。さっき、使わなくて良かったな――アレを)
僕は、美月と戦いながらこっそりとドアの向こうにあるモノを設置した。




