天は自らを助くる者を助く
―アリア アーリヤの邸宅 夕方―
朦朧とする意識の中で見える、刃を激しくぶつけ合う姉弟の様子。会話の内容は、言語が違う為に分からない。
「やめ……て」
こんな光景、見たくなかった。どうして、実の姉弟の殺し合いの様子を見届けなければならないのか。何も出来ない自分がもどかしい。
ペンダントの音色に導かれ、ここまで来たというのに。これでは、ただの足手まといではないか。
(タミ……本当に、私のことを覚えていないの?)
私がこの部屋に入った時、タミと神樹の守護者が親しげに何やら会話をしていた。二人は私が現れたことに愕然として、数秒程度硬直した。
『その特徴的な瞳の色……アリアか? いつの間に、ここに入り込んだ?』
『……アリア? ドライアドの知り合いか?』
『タミ! それと、そのお美しい緑の髪……貴方は、神樹の守護者様ですか? どうして、二人はここに? 二人はお知り合いなのですか?』
友達と憧れの人に出会えた喜びで、ここがあのデザイアの魔女の住処であることも忘れ、二人に駆け寄った。
『フフフフ……よくもまぁ、私の前に姿を出せたものだ。低俗な人間風情に取り込まれ、森の一部を開拓させた。そして、お前は本来の自分の役割を忘れ、自由に森の外に出るようになった。その結果、あの森がどうなったのか知っているか? お前が欠けたことで、結界の一部が緩んだ。そこに闇の力が入り込んだ。結果、太平の龍がその存在を表舞台から消えるに至った。などと……かつての私であれば、守護者であった頃の私であればこう言っていただろう。私は感謝している、お前の愚かさに。お前のお陰で呪いから解放され、真の守護者を見つけ出すことが出来たのだからな。それより、お前は馬鹿か? ここが、どんな場所であるのかを……知らないのか?』
『え?』
『フフ、そうだな。私達の不意を突き、入ってきた割には間抜けだなっ!』
そして、私はタミの手から放たれた鎖によって壁に磔にされた。
『タミ!? 何をするの……っ?』
『何を? 笑わせるな。侵入者を始末するんだ』
彼の私を見る目は、部屋の隅にある埃に向けられるものと同等だった。友達だと笑い合ったあの頃が、全て嘘のよう。まさか、とは思いつつも恐る恐る彼に問いかけた。
『わ、私よ、アリアだよ。存在感ないから、忘れちゃった? 貴方の友達よ。貴方を助けに――』
『私に友達などという無意味で、邪魔なモノはいない!』
彼は目を見開き、とても苦しそうにはっきりと言い放った。
あの瞬間から、彼はやはり魔女の力に蝕まれていた。誰かに危害を加えることを厭わないくらいに、アーリヤの力を操るくらいに。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!』
体に走る激痛、それから逃れる術はなかった。激痛が加えられる度、力が抜けていく。意識が遠退く、志半ばで私は何も成せないのだと。空気同然の私に、何かを残せるはずがないのだと諦めかけていた。
『――気配を感じる。近付いてくる。ドライアド、協力しろ。私の演技に』
『ふん、いいだろう。だが、茶番は興味ない。もう見飽きたからな……』
それが、あの時最後に聞いた会話。それを振り返ることが出来る今があるのは……隣で吊るされているクロエちゃんと戦っている美月さんのお陰だ。
(アリア、何を弱気になっているの? 美月さんに、こんなことをさせちゃいけないわ。全然分からないけど、私よりもずっと苦しいはず。私は私のことばかり考えて、いつも誰かに助けて貰って迷惑ばかり。いつもみたいに、遠くから見ているだけなんて駄目。変わらなきゃ、ここで! 私には、このペンダントから託された思いがある。諦めちゃ駄目。皆、皆……助けるの!)
そう強く念じた、絶対に何か出来ると信じて。こんな争いは終わらせる為に。




