演戯
―美月 アーリヤの邸宅 夕方―
気配を辿った先、廊下の突き当たりには装飾の豪華な扉があった。こういった物には疎いから、価値はあまり分からない。とにかく、この向こうに私の国の王がいる。
「間違いないわ。ここに巽も、アリアもいる。でも……妙に静かね。さっき、あんな悲鳴が聞こえたとは思えないくらい。何かあったのかも。気を張ってね」
「う、うん」
そして、私はゆっくりと扉を開けた。その先に広がっていたのは――不気味なほどの暗闇に包まれたひっそりとした部屋。僅かな光を頼りに、私は部屋の様子を探る。
(巽、巽はどこ? ここにいるはず……!)
気配は感じる。けれど、流石にこの位置からでは、この闇に包まれた部屋の様子を全て把握することは難しいみたいだ。
「入るわ。気をつけて」
「言われなくても分かってるって。そっちこそ、気をつけなよ」
私達は警戒しながら、部屋の内部に進んでいく。
(思っていたより広いのね。この部屋。でも、物が何も……!?)
ふと、私が視線を向けた先――そこに、巽はいた。少し高く段差になった場所に、ぽつんと置かれた玉座。そこに、手足を奇妙な紫色の鎖に縛られた状態で巽が俯き、腰かけていたのだ。
「巽?」
私が声をかけると、まどろんだ表情で顔を上げる。
「……美月? なん、で。どうして、ここに」
「あいつに言われた。巽がどうなっているか、自分の目で確かめて来いってね。そうしたら、実際にこんな……ねぇ、何があったの?」
「あいつ……あぁ、そうか。フフ、惨めなものだ。あいつに心配されてしまうなんて、その心配通りになってしまうなど。何があったかはよく分からない、気が付いたらここにいた。見て欲しい、この鎖を……こいつで自由に動けないんだ。しかも、たまに監視もいて……でも、今は外の騒ぎのせいか誰もいない。頼む。美月、取ってくれないか? 美月にしか頼めない……」
巽は鬱陶しそうに、両手を僅かに動かす。なんて可哀想なのだろう。ずっと、こんな所で鎖に縛られ、孤独に怯えていたなんて。すぐに解放して、ここから一秒でも早く逃げなければ。
(誰がこんなこと……絶対に許せない)
鎖を解く為、巽に歩み寄ろうとした時である。
「……近付いては駄目!」
クロエの突然の大声に驚き、何事かと後ろを向いた。すると、その視線の先には巽と同じ鎖で壁に磔にされ項垂れるアリアがいた。その隣で、クロエはツタのようなもので縛られ吊るされていた。彼女の口付近にも、ツタが迫っていたが噛み千切ったような痕跡があった。
「理由は、私達のこの状態! っ!? 美月、避けて!」
「くっ!?」
彼女に言われ、咄嗟にその場にしゃがみ込んだ。ほぼ同時、ぎりぎりで私の頭を掠めていく強烈な魔力の塊。強度や威力、熱せられた鉄の球を投げた場合と同等くらい。加えてそれに魔力が篭っていると考えれば、当たれば大怪我程度では済まなかっただろう。
「何を……?」
その魔力の塊が発せられた方向――どうか、そこにいるのは別人であって欲しいと願い、恐る恐る顔を向けた。だが、そんな願いも虚しく、冷笑を浮かべて手を向けて私を見る巽の姿があった。




