忠誠を誓った人形
―ドール コットニー地区 昼―
「貴方は……弟の大切にしていた人形、でしょう? その姿、弟が好き勝手やっていたままですもの。見間違えるはずがありませんわ。私はマリー。信じられませんわ、こんなことがあり得るなんて。これも、アーリヤの力ですの? それとも、本当に人形に命が?」
マリーからは恐怖というよりも、喜びに近いものを感じた。
「弟……? それは、あの少年のことですの?」
「覚えているんですのね! そうですわ。誰よりも、自分よりも貴方のことを大切にしていた子ですわ。でも……何年も前に病気が悪化して、亡くなってしまいましたの。しばらくしたら、貴方をどこにやってしまったのか分からなくなって……嗚呼、まさかこんな所に。でも、どうしてですの? どうして、ここにいるんですの?」
彼女はそう言うと、愛でるように私の頭を優しく撫でた。
(この感覚も……私は知ってますわ。とても懐かしい)
「どうして? そんなの、こちらが聞きたいくらいですわ。それに、私には弟さんと過ごした記憶はほぼありませんの。ただ、断片的に弟さんが私と同じような口調で何度か話しかけていた覚えならありますわ」
「……ええ。その口調親しみを感じますもの。あの子は男の子でしたけれど、中身は誰よりも女の子でしたわ。ただ、それを両親は認めようとは……だから、あの子は私と貴方の前でだけはありのままで振る舞っていましたの。貴方が、弟の心の支えでしたの」
「とても心に染み入るような話でしたわ。けれど……それだけでは、矛盾の証明にはなりませんわ!」
私は、彼女を壁にはりつけた。手のひらと足首に釘を刺して。
「なっ!?」
私は、ずっとアーリヤ様と共にいた。そのはずなのに。事実が相反する。何が正しくて、何が間違っているのか。全てを明らかにしなければ。
(きっと、この女性はまだ何か重要なことを知っているはずですわ。何が何でも吐かせなければ!)
「矛盾? 何のこと……それにっ! こんなことをしても、何も……!」
彼女は苦悶の表情を浮かべる。自分の状況を理解する前に、体を動かしてしまったが為に大量の血が噴き出してきた。
「私は、ずっとアーリヤ様の為に尽くしてきましたの! それなのに、私の記憶の中には他の誰かと過ごした記憶もある……それを証明する存在まで現れた。私には分かりませんわ、でも真実を知っている貴女なら答えを導き出せるはずですわ。最初に言ったでしょう? 貴女の命を引き換えに、私の記憶を頂戴すると!」
私は、彼女に敵意などなかった。むしろ、愛着すらあった。理由は分からない。ただ、安心出来る存在であるように思った。
けれど、これではいけない。アーリヤ様からの命令だ。あの龍に関する者は、全員抹殺するようにと。私は、それに歯向かえない。歯向かうはずがない。遥か昔に忠誠を誓ったのだから――。




