人に神は
―アレン コットニー地区 昼―
絆、それは人の人との尊い繋がり。信じ合えているという証。時に、それは人に力を与え――時に呪縛として苦しめる。見えないというのに、その存在はとても大きい。頼り過ぎれば、それは依存だ。脆いくせに、人はそれにすがりたがる。
「――さあ、再戦といこうか」
俺が指でこっちに来いと合図をすると、真っ先にベッキーが突進してきた。その拳に、魔力をしっかりと込めて。
「まさか、ベッキーから来るなんて驚いた」
その度胸は賞賛に値するが、あまりに見え透いてる。拳が当たる前に、彼女の腕を掴んだ。
「くっ……! 気安く名前を呼ぶな!」
「嫌だね」
そして、彼女と同じように手に魔力を込めて――。
「いやああああああぁぁっ!?」
俺の手の中で増大した魔力は、強大な電流となって彼女の体を流れた。断末魔にも等しい悲鳴。
「おいおい、ジョンかメアリー。折角の防御魔法は使わなくてもいいの?」
「痴れ者がっ!」
ジョンが強い憎しみを抱いた瞳を、俺に向けた。
分かっている。防御魔法が有効なのは、攻撃される前。また、発動までにタイムロスが僅かにある。他者に対しての防御を行うのであれば、連携や咄嗟の判断、予測が必要だ。名手であれば、先ほどの俺の攻撃も完璧に防いだであろう。二人もそれなりの使い手ではあるが、まだまだ未熟。可愛らしいものだ。子供の相手をしているかのような気分だ。
(一人抜けただけで、こんなにも……元々大したことはなかったが。お話でもしながら、この戦いを終わらせようかな)
「――ぐはっ!?」
「きゃっ!」
背後から俺に襲いかかろうとしたケビン、手に持っていたベッキー共々適当に吹っ飛ばした。壁にぶつかる前に、ジョンが柔らかなシールドを張った為、事なきを得た。
それにしても、ケビンは怒りのあまり攻撃の雑さが増している。彼の良さは、圧倒的な火力。逆に言えば、それしかない。火力以外に関しては、絶望的な拙さだ。故に、彼に接近戦は向いていない。
が、接近戦を得意としチーム内での抑止力でもあったマリーがいなくなってしまった。既にその影響は出始めているようだ。
「こんなに脆いのか? 君達の絆って。たった一人欠けたくらいで、ここまでのことに……あれ? ん?」
選抜者は元々十人。しかし、目の前にいるのは七人。二人欠けているのは当然だが、もう一人いないのは何故だろう。
「今、ここにいるべきって本来八人だよね。なのに、七人しかいないよね。なんで? あ、もしかして怖くなって逃げちゃったとかかい?」
「彼のことをそういう風に言うな!」
これ以上、この話はさせないとマイケルが魔剣を振り下ろした。すると、剣先から紅き雫が落ちた。やがて、それは蛇の形に姿を変えて、俺に襲い掛かってきた。
「ハハハハ! なんて禍々しい蛇だ! 嫌がってる割には、随分と使いこなしているじゃないかっ!?」
軌道は見え過ぎていた。だから、当然のように避けた――つもりだった。
「い゛っ゛!」
次の瞬間には、俺の肩はもう抉れていた。骨は見えていなかったが、赤黒い血がじわじわと溢れ出ていた。俺の血を得て満足したのか、紅き蛇は霧のように消え去った。
「……戒めとして、幼少の頃から一通りの使い方は学んでいるんですよ」
「戒め? 戒める前に放棄しろよ……結局、魔剣の魅力に取り憑かれてるから手放せないんだろ。不要ならとっくに、ここには存在してないはずなのに」
俺のその指摘に、マイケルは僅かに表情を強張らせた。彼のことはどうでもいい。そんなことよりも、溢れ出す血をどうにかしなければならない。想定外の怪我だ。少し油断していた。
「苦しそうアル」
「でも、ここがチャンスネ」
「分かっている。慈愛も慈悲も必要ない。戦いにおいて、そんなものは邪魔なだけだ。私達は彼を倒さねばならないのだから」
「そうね、マイケル。皆、殺るよ」
ベッキーの声かけにより、選抜者達は一斉に俺への攻撃を始めた。役割分担を放棄したということか。正直、傷のせいでそれを避けるので精一杯だった。まさか、こんな形で追い詰められることになろうとは。
(回復する余裕すらないな。しかし、この状況……絶妙にそそるが、まだ足りない。こんなもんじゃ、まだ、まだっ!)
「ククククククククククク!」
「どうしましたか? 恐怖のあまり笑うことしか出来なくなったとか、ですか?」
「ちがぁう。違うねぇ、ジョン。ほらぁ、もっとやってこいよぉ!?」
「ジョン、彼はマゾよ。あまり深く関わらない方がいいと思うの」
ジョンは防御から攻撃へと転じていた。その分、もう片方のメアリーへの負担は重い。それでも、彼女はシールドを展開しつつも小さな玉を作り、それをまるで弾丸のように飛ばしていた。
「偏見が過ぎるなぁ」
「無駄なお喋りをしている暇はない。集中するんだ」
「マイケルは、真面目だなぁ。考えながら戦うって疲れるだろう? 戦いは、常に無秩序で利己的で本能のままに展開されるべきだとは思わないのか?」
「くだらないっ!」
俺に向かって、マイケルが魔剣を振り下ろす。流石にこれに当たれば、一溜まりもない。しかも、先ほど地を得て輝きが増しているときたものだ。
(マジで死んじゃうからなぁ、これは)
これ以外の攻撃は被弾しても、そんなに人体に影響はない。多少の痛みは伴うが、命には代えられない。最善にリスクは付き物だ。
俺は覚悟を決め、魔剣の軌道から身を逸らした。予想通り、他の選抜者の攻撃が俺に襲い掛かった。炎、氷やら統一性はないが、かなり身に染みるものだ。
(これくらい、なんてことは……え?)
俺の胸に魔術が当たった瞬間、視界が毒々しい色に染まり、ズキリと胸が痛んだ。魂と身体が分離してしまったかのように、コントロールが出来なくなる。
(まさか……こんな時に限ってかよ。不覚だな、毒に気付かねぇとは)
冷たい地面の感覚、近くで聞こえる選抜者達の喜びに満ちた声――口から溢れ出る血。普通に考えれば、これは死への序章。
「殺った、のか?」
「普通に考えて、この出血量と身体へのダメージ……もう抵抗すらままならないでしょう。ケビン、彼だけに見事に毒を命中させたんですね」
「賭けだった。全力を注ぎ込んだ毒術を使えるのは一度切り……避けられてもおかしくねぇと思ってた。だが、マイケルの魔剣に気を取られ過ぎてたみてぇだな。こっちにとってはラッキーだったが」
「うん。皆で頑張ったお陰だよ。ジェシーにちゃんと報告しよう。きっと、褒めて貰える」
「やっと恩返し……出来るんだね」
「よ~し! 皆の傷とか疲労は、私達に任せるアル!」
「魔法でちゃちゃちゃ~とやるネ!」
気配が遠退いていく。彼らは勝利を確信している。あまりにも少ない証拠で。
(嗚呼、見事だ。油断したとはいえ、ここまでやられてしまうとは。だが……未熟だ。場数が足りてない。圧倒的な経験不足。死をちゃんと確認しないとは。俺はここで、逝く訳にはいかない。人を捨ててでも、アーリヤ様、いやアーリヤの願いを叶えなくてはならないんだ。それこそが、俺の心を満たす……)
神は人を殺せるが、人に神は殺せない。神を殺せるのは、神の力だけだ。それを、信仰心忘れた人の子に思い出させてあげよう。
(人としての俺に死を与えた彼らには、最大の敬意を払おう。本当の戦場を。俺の望む破壊が支配する無秩序な戦いを持って――)




