美味しいチョコ
―コットニー地区 昼―
この日、地区の広場にマフィアとカラスが集められた。今までにない状況であるらしく、彼らは不安げな表情を浮かべていた。その不安を表すように、場はかなりざわついている。
「あ、あの……」
すると、スーツをきっちりと着こなす男が僕達のいる方へ顔面蒼白で駆け寄ってきた。格好から見て、彼はマフィアのようだ。その辺の柄の悪いのとは、出で立ちや雰囲気が上品であった。
「ん? 揃った?」
アレンさんが笑顔でそう尋ねると、彼はわなわなと唇を震わせながら言った。
「いえ……三人ほどいなくて。探したのですが、どこにもおらず……」
「あ~それって、ロイと一九八七番と三〇七八番だろ? いいんだよ、彼らはいなくて。そうそう、伝え忘れてたんだけど、今日から君がマフィアの代表ね」
「え? それってどういう……」
彼にとっては寝耳に水であったらしい。無理もない。カラスの方はともかく、表向きはこの地区のトップである彼が消されてしまうなど予想だにしてなかっただろうから。
まぁ、消されたのはマフィアのボスであるロイだが。
「さて、全員揃ったみたいだよ。タミ。ここを支配する者として、しっかり頑張ってね。まずは、ちゃちゃっと俺が下準備するからさ」
「嗚呼」
今朝、アーリヤ様から下された命令。それは、僕にしか出来ないこと。僕だから頼まれたこと。やっと信頼を得たのだと幸福に満たされ、揺らぎは落ち着いた。
「は~い、皆~! こんにちはー。今日は、普段頑張ってくれてる皆にスペシャルなご褒美をプレゼントするよ~!」
アレンさんが大声を張り上げて一歩前に出ると、あれほど騒がしかったのが嘘のように静まり返った。聞こえるのは、生きているという証の呼吸音だけ。この場には、自分達の境遇を理解している大人だけではなく、子供もいるはずなのに。この奇妙な空気感に飲み込まれてしまったのだろうか。
「いつもいつもありがとねー! 美味しい美味しいチョコだよ!」
思いも寄らぬ、突然の普通のプレゼント。彼らの目の前には、見ただけでは何も変哲もないチョコが宙より現れて浮かんでいた。
「わー! これがチョコ!?」
「チョコって何? これって食べられるの?」
「食べていいのー!?」
それに真っ先に反応したのは、子供達だった。大人達の神妙な様子に気圧されていたが、チョコの登場によって一気に空気が緩んだ。
「ちょっと大人な味がしてびっくりするかもしれないけど、美味しいから食べてごらん。さあ、さあ、さあ!」
そう、このチョコの中には子供には相応しくない物が入っている。けれど、何が何でも食べて貰わないと困る。仕えるモノは、全て有効に使わなければこっちも大変だから。
「やったー!」
アレンさんの言葉を合図として、子供達は続々とチョコを食べ始めた。
「わー! ちょっとだけ苦いね!」
「おいちいっ!」
(これで、本当に全員食べてくれるのだろうか? 流石にこれだけ人数がいると、確認なんて出来ない。もしも、警戒心が強い奴がいたら……)
僕達二人だけでは、流石にこの人数の行動を全て把握するのは難しい。食べたフリは器用なら子供や大人なら、そう難しいことじゃない。
「さあさ、大人の皆様もしっかり食べてね! 大丈夫、俺達は君達を殺しはしない。だって、この地区にとってお前達は財産だから、さ。食べてくれないと、ショックだよ。ねぇ?」
硬直したままのスーツの男性に、アレンさんは視線を向けた。笑顔であったが、目は氷のように冷たかった。脅迫にも等しい言葉を受けて、彼はさらに強張った表情を浮かべ、目の前に浮かぶチョコを手に取り――そして
食べた。
「お、美味しいですね……高級なチョコの味ですよ。ほら、お前達も食べろ。頼むから……」
今にも死んでしまいそうな彼はチョコをしっかりと噛んで、胃へと流し込んでいく。マフィアは厳しい縦社会。上からの命令は絶対。それをきっかけとして、マフィア達も続々と食べ始めた。
「……んめぇ!」
「こりゃ、最高だ!」
緊張した面持ちであったマフィア達の表情が、チョコを食したことによって柔らかなものに変化していく。それを見たカラスの大人達も好奇心に負けたようで一人、また一人……と口に入れ始めた。
(嗚呼、仮に全員食べていなかったとしても、かなりの人数がお酒を体内に摂取したことになる。今まで飲んだことない者も、自然と口に入れた。これで……いいんだ。全てはアーリヤ様の為)




