ドラゴンタイガー
―ボス 学校 朝―
緊張の瞬間だ。自分達の視線の先にあるのは、二枚のトランプ。一枚は既にめくられていて、ダイヤの6。裏になったトランプに描かれているものによって、自分達の命運が決まる。
「それじゃあ、めくるわね」
このギャンブルのディーラーを務めるイザベラが、そのトランプをゆっくりとめくった。
「大丈夫、ドラゴンの方が……ドラゴンの方が……」
黒髪をツインテールに結った女性は、額に大粒の汗を沢山浮かべながら手を組み祈っている。
「ドラゴン、ハートのA。タイガーが、ダイヤの6。よって、タイガーにペットしていたボスの勝ち。だから、このお小遣いは没収」
「んぎゃあああああああっ!」
目に見えないダメージを受けた彼女は叫び、鈍い音を立てながら机に倒れた。
「自分の勝ちだ」
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁ! この私様が負ける訳ないんだーっ! そうだ、これはインチキだ! イカサマだっ!」
机を思い切り叩いて、彼女は自分を睨みつける。
「やれやれ……そんな面倒臭いことはしないよ。というか、自分がイカサマをしていないということは、周りが証明してくれる」
彼女――アルモニアの提案によって、突発的に始まったドラゴンタイガーというギャンブル。その勝負は、たった今ついた。
ルールは、バカラの簡易版といった感じ。一般的なものは、ドラゴンかタイガーのどちらの数字が大きいかで勝負を決める。単純かつ明瞭なギャンブル。アルモニアが気に入っている理由が分かった気がする。
「嘘だ嘘だっ! イザベラと結託してたんだーっ! 皆がボスに歯向かえる訳ないし! 私様をはめたんだっ!」
「はぁ、くだらない。自身の負けを潔く認められないなんて、子供だわ」
勝負の様子を見守っていたイザベラは、二十歳にもなって駄々をこねるアルモニアに呆れていた。
「ディーラーは中立であるべきで、またこの勝負において、どちらかに肩入れするという必要はない」
彼女よりも四歳も年下のエトワールが、冷静に指摘をする。
「それに、元々お小遣いを賭けてこのギャンブルを仕掛けてきたのは、アルモニアの方でしょう? 貴方が勝てば、お小遣いが倍増するのでメリットがありますが……ただのおもちゃのチップを賭けていたボスには何のメリットもありません。つまり、イカサマをする動機がないのですよ」
同じく四歳年下のヴィンスにそう指摘され、アルモニアは顔を真っ赤にした。それは羞恥というより、怒りの表情だった。
(絶対に負けを認めない。拗らせ負けず嫌い……まぁ、無理もないか。そういう風に、彼女は育てられたんだから……)
その弱さを克服出来たのなら、きっと彼女は実力を発揮出来るだろう。今の彼女は、自分の勝利しか考えることが出来ない。簡単に言い表すならば、実力の伴わない勝利至上主義だろうか。
「勝負を引き受けた時点で、既に自分には意味のないギャンブルだった。それに、ギャンブルに本当に強い人はイカサマすらも勝機に変えちゃうのさ。ま、頑張りなよ」
こちとら年齢という概念すら超えた存在だ。圧倒的大人としての威厳と器の大きさで、彼女の弱さを受けとめてあげた。
「くぅぅぅうううううっ!」
そして、彼女は再び大きな音を立てて机に伏せた。




