特等席
―学校 朝―
一限が始まる、ほんの数分前に僕は教室へと到着した。息苦しさと心臓が締めつけられる感覚、新たな空気を吸い込んでも息苦しさは変わらない。吸い込む度に、心臓が痛む。
「はぁ……ぜぇ……」
教室の入口で、膝に手をついて僕は呼吸を整えていた。廊下から見た時に教授の姿があったのは少々焦ったが、教室はまだざわついていた。これが、僕に安心感を与えてくれた。
だからこうやって、息を整える余裕もあるのだ。
「あ~! タミじゃないかぁ!」
そんな僕を黒い影が覆う、と同時に明るい声が聞こえた。
「あ、あぁ……リアム。おはよう」
「おはよー!」
朝から本当に元気なものだ。見習わなくてはいけない。僕は顔を上げて、リアムに向かって笑みを向ける。
「えっと……リアムってこの講義にいたっけ?」
「タミがいるなら、自由時間なんてどうでもいいんだ! というか、俺は勉強がしたい! いっぱい知りたい!」
全学生が見習うべき言動だ。そう、学校は学びの場。学ばなければ意味がない。だが、その意味に従うのは難しい。
「あぁ……そう。凄いね、君は」
「俺は知りたいんだ……こっちの世界の全て――」
その時、授業の始まりを知らせるチャイムが鳴った。立っていた者達は足早に席に向かい、座って談笑していた者達が、少し憂鬱そうな顔で教授の方を見る。鳴り終わる前に、僕も席に着かなければ。
「タミ、一緒に座ろう! ほら、急いで!」
そう言って、リアムは中央の一番前の机に向かっていく。
(マジかよ……)
中央の一番前の席なんて、教授と目が合いまくりだ。この席に座っている人は、教授の一方的な会話相手にもなりやすい。それは、僕が遠目から見ていて学んだことだ。
そんな事態を避ける為、僕はいつも後ろの席を選んで座っていたのに。しかし、今はもう時間がない。後ろに行く時間もない。それに、すぐに着けそうな席はリアムが喜んで座っているそこしかなさそうだった。
(憂鬱だ)
僕は走って、何とか席に着いた。チャイムが鳴り終わるのと同時に。とりあえず、一安心と胸を撫で下ろした。
「特等席だよ」
リアムはそう囁いて、ウィンクをした。
「そ、そうかな……」
特等席と言うより、処刑席だ。この地獄、どう乗り越えよう。一限、この講義をするのはかなり強面で屈強な男性。サングラスをかけて、どこを見ているのかも分からない。額から頬にかけて、斜めに古傷らしきものある。しかも、声が渋いから余計怖い。
そんな人に絡まれる席だ、ここは。
「始めるぞ」
火曜の一限、僕が取っているのは『古代魔術学』。正直言って、魔法やら魔術やらの違いもほとんど分かっていないが、魔術は人の手が加わっているものだと聞いた。
つまり、この授業で僕は――。
(あれ? 何だっけ? 何か目的があって……)
一度孕んだ違和感は、僕の中で大きくなっていく――。




