十字の紋章
―アレン コットニー地区 朝―
(まさか、男をお姫様抱っこするなんてなぁ。にしても、寝顔は本当に女の子だよなぁ)
俺は、人の姿に戻ったタミを抱きながらアーリヤ様の邸宅に戻る為に朝の街を歩いていた。彼の額には、十字が輝いている。この十字は、暴走する獣の力をコントロール出来る特別な紋章だ。
(原作者の特権って奴だよね。これで、彼が獣の状態になっても自由に操れる。タミが獣の姿になってくれてラッキーだったのかもしれないな。ちょっと面倒だったが、結果的には……)
人を獣化させる魔術は、俺が考えたものだ。実際に具現化したのも、拡散したのも俺ではないが、この魔術の穴くらいは分かる。
かつて、この魔術が人々を混乱させた時も、俺はこれで何人かを手中に納めた。それで更なる混沌をもたらしたのも、懐かしい良い思い出だ。
「う、うぅ……」
腕の中で眠るタミが目を覚ましたと同時、額で輝く十字も溶けるように消えた。
「おはよう」
「は……?」
寝起きで頭がぼんやりとしているようだ。自分の今の状況が、全く理解出来ていないといった表情だ。
「は? とは酷いなぁ。挨拶くらい返してくれてもいいじゃないか」
「どうして、アレンさんが……」
「話聞いてた? 別にいいけども。えっとね、化け物になったタミを救ってあげたのが俺だから的な?」
俺がそう言うと、タミは不思議そうな表情を一瞬浮かべた。が、すぐに、ハッとした表情に切り替わる。
「そうだ、そうだった……あ、ロイは!? あの親子は!?」
「そう慌てるなよ。ロイは、君が美味しく処理したでしょ。あの親子はどっか逃げてったよ」
「今なんて!?」
タミは、俺の首下を掴んで激しく揺らす。昨日、食べた物が全部出て来そうなくらいの勢いだ。現に、気分が悪くなってきていた。
「おいおいおい~ちょっと、ちょっと! 落ち着けって。そんなに激しく揺らされたら吐いちゃうって! てか、タミを落としちゃうって! タミが散々な目に遭うだけだけども、それでもいいんならいくらでも揺らしていいよ」
「落ち着いてなんていられますか!? だって、僕は……僕はっ! 人を……喰らってしまったっ! そこまでのことをするつもりはなかったのに……息の根をとめるだけで良かったのに」
彼が動揺した理由を聞いて、俺は疑問を覚えた。
「何を言ってるんだ? タミは、自らその力を使ったんだろ? コントロール出来ない力を使えばどうなるか分かっていたはずだ。なのに、喰らうほどのことをするつもりはなかった、だって? 食欲旺盛な獣が肉の塊を見て、何もせずに終わる訳がないじゃないか……ハハハ」
見通しが甘過ぎる。奇跡でも願っていたのだろうか。強大でおぞましい力とは長い付き合いであるはずなのに、ここまで理解がないものかと思った。
「それにしても、タミぃ……君も中々酷いね。ロイのこと、殺してもいいって思ってたんだな。ただ、汚らわしい肉を口の中に入れたくなかった。ま、殺すことに関しては俺もそう思ってたし~軽蔑はしない。ただ――」
彼の怯えた目を、しっかりと見据えながら言った。
「あの親子みたいに、肩入れするようなことは今後ないようにね? アーリヤ様が殺せって言ったら、ちゃんと殺せよ? 女だろうが、子供だろうが……大切な相手だろうが、絶対に。それが出来ないようだったら……どうなるか、分かってるだろ?」
「あ、あぁ……分かって、分かってます……」
未熟な彼には、これくらい言っておいてやらないと。アーリヤ様の傍にいるのに、優しさや甘さは自分自身を苦しめるだけなのだから。




