躯を貪る獣
―コットニー地区 早朝―
僕は、彼の力を解放していく。それによって伴う苦痛。体を毛が覆い、徐々に変質していく体。増大していく破壊衝動。その衝動は、心を蝕んで覆い隠していく。
「う゛……あぁ、ああ」
目に映る全ての物を破壊したくて堪らなくなっていく。ロイの体をぐちゃぐちゃにして、跡形もなく消し去ってしまいたい。
(……あぁ、駄目だ)
そして、内面からも引き裂かれるような痛みに襲われ、ついに僕はロイを離してしまった。
「お、ぉお……これが龍の力を身に宿す者の変貌の瞬間ですか。なるほど、価値のある商品ということに間違いはなかったらしいですね。聞くだけではいまいち分かりませんでしたが……まぁ、今の私には、もうどうでもいいことだがなぁああっ!?」
発狂しながら笑うロイが、僕に拳銃を向け、一切の迷いもなく引き金を引いた。しかし――。
「あぁ!? くそぉ、弾切れか! あぁぁあ!」
彼は拳銃を睨みつけて、地面に強く叩きつけた。
むやみやたらに撃ち続けるからだ。弾に限りがあることは分かっていたはずなのに、愚かな男だ。その時の衝動に任せて何も考えずに……まるで、僕の鏡のよう。
「クククク、う゛か゛あ゛あ゛っ!」
だから、腹が立った。その時の憤りが、この時の僕の最後に感じた感情だった。
***
―アレン コットニー地区 早朝―
黒い獣が、一人の人間の体を切り裂いた。その凄惨な様を、俺は少し離れた建物の屋根から見守り続けていた。
「お゛お゛あ゛あ゛あ゛!?」
静かな時間に響く哀れな男の絶叫。堕ちる所まで堕ち、救いもなかった男の体からは噴水のように血が飛んだ。
「おぉ……おぉ、ぉお。これはこれは」
なるべくしてなった姿。救ってやるつもりは、殊更なかった。何故なら、ロイは約束を破ったから。タミに手を出すのなら、絶対にあの母親を使えと言った。それなのに、彼は途中でそれを放棄し、自ら手を下そうとした。
この俺との約束を破った罪は、死を持って償って貰うことにに決めたのだ。
「痛々しい姿だ。ねぇ、タミ……」
躯を貪る黒い獣。もはや、あれを見てタミとは認識出来なかった。そこにいるのは、異質な姿の獰猛なライオンだ。
「君がそこまでする理由がちっとも分からないよ。血の繋がりもない、赤の他人だろう? 何が、君をそうさせたんだろうかねぇ。自分を犠牲にしてでも、あの親子を守った理由は一体……」
しかも、自分を裏切った相手だ。タミが、あんな姿になってまで守りたかった理由は謎ばかりである。
「まぁ……そんなことは些細なものか。さてと、俺はタミを救うとしようか。君もそんな姿でいると、心苦しいだろう?」
俺がやらなければ、あの獣はやがて躯を食い尽くし、新たな獲物を狙って暴れるだろう。今はそれを求めていない。余計なことはさせないようにしなければ。あんな大きな怪物に暴れられたら、ここは壊滅的状態に陥るだろうし。
「グルルルル……」
屋根から飛び降りて近付くと、獣はよだれを垂らしながら俺を睨んだ。
「俺が美味しそうに見えるのか? やれやれ……参っちゃうね。でも、そういう視線は求めてないからね。タミ、今元に戻してあげるよ」
俺は後ろで結った髪を解き、身を構えた。




