強さの仮面
―コットニー地区 早朝―
体から感覚が奪われていく、僕は赤子を落とさないように必死に抱き続けた。
「あ゛あ゛……」
立っていられない。体中の血液が穴から溢れていく。
「ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさいっっ! ごめんなさい!」
母親はそんな僕を見て、何度も謝罪の言葉を繰り返し発した。
「これで……よか、ったんだ、ろ……早く行け」
僕は余力を振り絞り、赤子を母親に渡した。それで、僕の中で糸が切れた。ついに足がもつれ、立っていられなくなったのだ。
「そんな、でも……」
「生、きろ」
そうだ。彼女らに生きて貰うという僕の信念の為に行動した。それに、この勝負はこれで終わりではない。命を賭すという土俵に乗った以上、ロイは――。
「うっぅぅ……! ごめんなさいっ!」
母親は戸惑うような素振りを見せた後、ロイの倒れている方向に向かってようやく走り出した。
(嗚呼……まさか、裏切られていたなんてな)
地面の冷たさを肌で感じながら、己の認識の甘さを恥じた。弱い立場の者が、この僕を騙すはずがないと勝手に捉えていた。
(僕は、いつの間にか信じてしまっていた。そんなつもりなんてなかったのに。一方的に。僕が間違っているんだ。愚かなのは僕。嗚呼、出し抜かれていたんだ……僕の弱さは見抜かれていたんだ)
父上の真似をして、どれだけ必死に強がっても無駄だった。強さの仮面はあまりに脆かった。弱い奴がどれだけ強がっても、根底は変わらない。
(腐ってもマフィアのボス……嗚呼、意地を見せつけられた気分だ)
この小さな汚れた世界で、誰かを信じるというのが間違いだった。常に疑ってかかるべきだった。僕が間違っていたとはいえ、心が痛い。裏切られるというのは、こんなにも心が痛くて苦しくなるものだったということを、僕はこの瞬間を持って思い出した。
「ハハハ……う゛う……」
痛い。だが、こんな所で苦しみ悩んでいる場合ではない。朦朧とする意識と鋭い痛みと戦いながら、僕は手を着いて、ゆっくりと身を起こす。
そして、母親の走っていった方向に顔を向けた。
「やっぱり、な」
そこに、既にロイや母親の姿は既になかった。二人は共謀していた。僕を陥れる為に。二人の目的は一致していたとは思えないが、どちらにせよ僕は攻撃されたのだ。
(だが……あくまで、向こうの作戦に乗ってやっただけ。僕は本気だ。今なら、向こうは間違いなく油断している。僕と共に命を賭すということの恐ろしさを……分からせてやるっ!)
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
僕は、歯を食いしばって立ち上がる。体が奥底から冷えているのを感じる。それでも、僕はやらなくてはならない。
僕が支配者だということを、あいつに死を持って分からせる為に――。




