決意の瞬間
―コットニー地区 早朝―
鎖を巻きつけたままにしておくと、赤子の体力や魔力をじわりじわりと奪ってしまう。僕はすぐさま鎖を手繰り寄せ、赤子を腕に抱いた。
(小さい。まぁ、当たり前か)
赤子は弾けるような笑顔で、僕に向かって手を伸ばす。
(僕には眩し過ぎる……)
「あうぁうぁばばば……うーっあ!」
僕は特別何をしている訳でもないのに、赤子はかなり楽しそうである。僕に対して興味があるのか、ただ単純に目の前にある顔が面白いから笑っているのか――心が読めないから、理解不能である。
「さて、お前のいるべき所はここではない……母親がお前の帰りをずっと待っていたぞ」
それなりの期間、奴らに囚われていたようだが健康状態に異常は見られない。それどころか、前よりかはふっくらしているようにも思えた。
(マフィアの傍に置かれていたのだから、それなりに生活の保障はされていたということか? 少なくとも、普段住んでいる場所よりかはずっとマシだったのかもしれないな。保障した理由は、母親が約束を破る前に殺さない為……とかか?)
「あ、あの……」
赤子の顔を見ながら、色々考えていた。すると、背後から母親に声をかけられた。その声は酷く震えていた。緊張と不安の入り混じった弱々しい声だった。
「安心しろ。子供は無事だ」
「よか、良かったです……そ、そのなんとお礼を言えばいいのか……」
「別にそんなものいらない。それより……」
ここで油断してはいけない。赤子を母親に渡した瞬間に、そこでくたばっているロイが攻撃してきたら困る。一応、確認しておかなければ。
僕は叩きつけたロイの様子を確認する為、周囲の環境を見ながら、彼に視線を向けていく。
(あれ?)
そこで、僕は不自然な点に気付いた。ロイが手放したのは赤子だけではなく、ナイフもあった。なのに、周辺にそれはなかった。
(どこにいった? 近くに落ちる音が聞こえたはずだが……そこで倒れているロイが取れるはずもないし、動いたら気配で分かる。なら……っ、まさか!?)
頭の片隅にもなかった、一つの可能性。その瞬間、母親の気配が不審な動きをしているのを感じた。分かりやすい動き、緊張しているが故に呼吸が荒くなっている。人を襲うということに慣れていないことの表れ。
(嗚呼、そういうこと……僕は利用されていた、のか)
攻撃は避ければいいだけ、そう一瞬思った。だが――。
(ここで避けたら、赤子もこの母親も助からないかもしれない。起こっていること全て、一つの目的の為に仕組まれていることだったとしたら……)
それでは、救える者が救えなくなる可能性に気付いた。ならば、僕はここで一度、その筋書きに沿ってやる必要があると思った。その為なら、僕はどんな痛みにだって耐えられる。慣れている。王として、散々味わってきたことだから。
「――ごめんなさいっ!」
僕が思考を巡らせ、決意した瞬間――鋭い痛みが僕の背中に走った。




