宙を舞う
―コットニー地区 早朝―
ロイはくるりと向きを変え、僕を見る。そして、何も予告なく僕に魔法を放った。
「ギャハハハハハハ!」
触れたら一溜まりもないであろう火の玉が、突進してくる。幸い、僕にはその軌道がよく見えた。今までの鍛錬のお陰だろう。努力が報われる時もあるということだ。
燃え盛る火の玉を、少し右に移動して避けた。その様子を見て、ロイはにやりと頬を歪める。
「流石ですねぇ、凡人であれば今頃火だるまになっていたでしょうに。てめぇがいると色々厄介だからよぉ、さっさと死ねやぁ!?」
そう言って、彼は再び火の粉を出す。今度はいくつも。
彼の計算では、僕を殺した後にこの母親と子供を処分するつもりなのだろう。思うようにはさせない。いや、することなど出来ないはずだ。もう既にこの勝負は、僕の手のひらの上なのだから。
「可愛らしい魔法だ。実に愛らしい。しかし、年齢や身分に見合っていないのでは? 仮にも、貴様はマフィアのボスなのだろう? フフ」
「これが、私の本気だとでも思ってんのかぁ!?」
火の玉を発しながら、ロイは声を荒げる。
しかし、事実だ。あれほど殺すと言っていたのに、魔法の威力も実に小さい。十分に教育を受けてきた者にとっては、氷の魔法などで相殺することも容易い。
「そうだったら、実に悲しく思う。お前みたいな奴にボスをやらせていて良いものかとな」
流れてくる火の玉を見切って、淡々と避けるゲームのよう。子供を相手にしているかのような気分だった。お陰で、目の前の戦いへの興味は薄れていた。
(まぁ、ゴミみたいな人間だ。大したことがないのは目に見えていた。さて、実力も測れたし、もう恐れることはないな。不意打ちを狙って、僕への集中が切れた所で……)
今の彼なら、足元を狙ったりするくらいで大丈夫そうだ。自分が攻撃している時の防御は弱くなりがちだ。未熟になればなるほど、突然のことには対応出来なくなるだろう。
「単調で味気のない魔法だ。美しさも偉大さもない。だから、お前は――足拭きマットにされてしまうんだ」
僕は火の玉の攻撃を避けながら、彼の足元に鎖を飛ばした。
「んなぁ!?」
僕の思惑通り、見事に不意を突かれた彼の足首には鎖が巻きついた。
「何だよ、これはぁ!? 力が抜けてっ……」
彼は必死に足首を動かすが、勿論鎖は外れない。外れる訳がないのだ。鍛錬を重ね、アーリヤ様の力を得た僕と足拭きマットになりながら生きてきた彼と同等なはずがない。
鎖と戦いながら彼も火の玉を飛ばしているが、明らかに集中はこちらから逸れていたし、魔力も弱くなっていた。
(やっぱり、本当に大したことがないな)
僕が鎖を引っ張ると、無様にも足を滑らせその場に倒れた。そして、鎖を持ったまま回転すると、まるで彼は砲丸のように空を飛んだ。それでも、彼は赤子をしっかりと抱いていた。
「ハハハ、ゴミの散歩だ」
「キャハハハハハ!」
眠っていた赤子は衝撃で起きてしまったようだが、楽しそうに笑っていた。
(自分がどんなことに巻き込まれているのかも知らずに、呑気なものだな)
ここまでの全てが、あまりに簡単で一瞬でも真剣に色々考えたのが馬鹿みたいに思えてきた。
「よく分かっただろう? これが、お前の足拭きマットたる理由だ」
勢いに乗せて、僕はそのまま鎖を手放した。
「ぐはぁあっ!?」
「うわぅわぁ! きゃははは!」
ここまでして、ようやく彼の手から赤子と煌いていたナイフが離れる。僕はもう片方の手から鎖を伸ばし、嬉しそうに宙を舞う赤子の体に巻きつけた。




