僕の中でうごめいていた
―街 朝―
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
僕は、先を走る赤髪の少女――クロエを必死で追いかけていた。
「遅いよ! 一限目に遅れたらどうすんの!」
クロエは、こちらに振り返ることもなく大きな声を出してそう言った。
「寝坊したのは確かに悪いけど……もっと早くに起こしてくれてもいいんじゃないのかな!?」
クロエは同じ家に住み、同じ大学に通う同級生。学科こそ違うものの、僕らはそれなりに仲はいい。クロエはまだ十六歳だが、非常に頭が良く飛び級で大学へと入学したらしい。
頭がそんなに良くない僕と、優れた頭脳を持つクロエ。そんな僕らの接点は、たった一つだった。監視する者とされる者――僕の秘密を知り、守る立場にある者と守られる立場の僕。それを隠して同級生として生活する、そう認識している。
だが、実を言うと、その認識に少し違和感を覚えている。クロエに叩き起こされたその瞬間から。本当に最初からこんな関係だったのだろうかと。クロエに対し、何か今とは違う感情を僕は抱いていたような気がするのだが――。
「全然起きないんだもん!」
「……うぅ」
しかし、その違和感を証明出来るものは何もない。多分、これは僕の勘違い。最近の疲れがもたらした、変な考えなのだろう。
「本当ありえないから! 文句垂れてる暇があるんだったら、もっと速く走りなさいよ!」
「もう、うるさいなぁ! こっちはもう色々落ちていくだけの年齢なんだよ!?」
こっちは二十一歳だ。これ以上の成長は見込めない。これからどんどん下り坂、そうただ下っていくだけの人生だ。
「はぁ? 逆切れ? いい加減にしてよ、こっちまで巻き込まれてあげてるんだから! 大体、タミは大人でしょ!? 子供に起こして貰うなんて情けないって思った方がいいわよ!」
ごもっともである。自分のことは自分でやる、自立した行動を取るべきは僕。それなのに、こんな年齢にもなって起こして貰うなんて恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
「うぅ……ね、ねぇ! これもし、遅刻したらどうなるの!?」
「欠課」
「それって単位に関わってくる!?」
「当たり前でしょ、馬鹿なの!?」
「留年したらどうしよう、一生笑い者だよ!」
「知らんわ! 自己責任だよ、そんなの」
僕は、この国に魔法について学ぶ為にやって来た。僕の国の魔法と、この国の魔法の技術は大きく差がある。これから国際化が進んでいく中で、遅れがあるようではやっていけない。少しでも、先へ進まなくては。
(どうしよう……魔法について学ぶのに留年だなんて、僕は一族の晒し者だ! 絶対に四年で卒業しなくちゃ……でも、本当にその為だけにこの国に来たのだろうか。僕は本当に、その為だけにここへ……?)
そう思わず考えてしまい、足がとまる。ずっと感じている小さな違和感、所詮はただの勘違いだと分かっているはずなのに。どうしても、考えてしまう。
すると、僕が追いかけて来ていないことに気付いたのか、クロエはようやく立ち止まり振り返って言った。
「何してんの!? 本当に遅れるよ!?」
「……え、あ、ごめん! ちょっと疲れちゃって、アハハハ……」
僕は我に返り、慌てて走る。クロエは呆れた様子で一度息を吐くと、また走り始めた。
疲れていたのは事実、だけれども僕が立ち止まっていたのは、気のせいだと勘違いだと思っても、どこかでそれは違うと聞こえる声があるから。
しかし、それに確かな証拠なんてものはない。分からない気味の悪さが、僕の中でうごめいていた。




