大人として
―ジェシー 学校 昼―
俺の言葉は、どうやらジョンに多少なりとも響いたようだった。先ほどまでの邪悪な気は薄れてきていた。
「長男である私が自由に生きる……生きてもいいのでしょうか?」
彼の目には、涙が浮かぶ。
「当たり前だろ。生きてるんだから」
「ずっと、ずっと……誰かにそう言って欲しかったような気がします。自分で言ってしまうと、我が儘になってしまうような気がして。甘えになってしまうようで……」
そして、ゆっくりと涙が頬を伝って落ちていく。それと同時に、胸のつかえが下りたような表情を浮かべて、普段の彼に少しずつ戻ってきているのを感じた。
「お前は誰よりも我慢して生きてきた。子供の人生は、親の物じゃない。もう、お前は立派な大人だ。自分で選択したことに責任を持てる。もう、自分を押し殺す必要なんてないだろ?」
自由には責任が伴う。自由は、決して楽なものではない。時に、人を苦しめる。一番大事なのは、履き違えないこと。今は決して当たり前ではないのだと、知ること。それが、自由を得る前提だろう。
今のこいつなら、それが分かるはずだ。だから、俺はそう声をかけることを決めた。
「家族を見捨てる責任、向こうの家を怒らせる責任、許婚を傷付ける責任……背負うものが多過ぎますね。でも、私は……!」
ジョンは涙を拭きながら、覚悟を決めた瞳で俺を見つめて言った。
「その全てを背負ってでも、メアリーと生きたいです!」
「それがお前の選択なら、一番正しい」
一つ、大人として成長したジョンの頭にそっと手を乗せた。
(……もう大丈夫みたいだ。アーリヤの力は、どこからも感じない。こいつは自分自身の気持ちで、魔の力を跳ね返した)
「あの、先生、ごめんなさい。私、無礼なことを沢山……」
俺が安心していると、彼は申し訳なさそうに言った。
「はっ、別に俺はこれくらいでへこたれたりしねぇっての。俺なんかよりも、その謝罪の言葉を言ってやるべき奴らは他にいるんじゃねぇの?」
「それは……」
「ま、まずは、お前の選択を一番伝えるべき相手の所に行くべきだろうな」
「メアリー……許してくれるでしょうか」
「言う前から、ウジウジするとかナンセンスだぜ?」
「そう、そうですね。私のこういう所が、駄目なんですよね。じゃあ、先生の仰る通り行ってきます!」
彼は駆け出そうと、くるりと方向転換した。まるで、どこにメアリーがいるのか分かっているかのように。
「ちょ、お前、メアリーがどこに行ってるのか分かるのか!?」
俺がそう尋ねると、彼は顔だけを後ろに向けて口を開く。
「勿論ですよ。私達は、ずっと一緒にいたんです。幼い頃から誰よりも……ようやく、覚悟が決まりましたしね。あの場所に、私も行ってもいい頃かなと思いまして。先生も来ますか?」
「いや、いい。お前なら、大丈夫だろ? 頑張れよ」
彼から漂う自信。どっからどう見ても、絶対に大丈夫だ。俺は親指を立てて、笑った。彼はそれを見届けると、小さく頷いてから、顔を正面に向け走り始めた。




