生きるということ
―ジョン 学校 昼―
己の弱さを呪いながら、私は覚悟を決めて口を開く。
「――私には許婚がいます」
「許婚? ほう、今時そんなのがいるとは珍しいな」
「しきたりやら伝統を重んじる家に生まれてしまいましたので」
私の家は、この国では名の知れた企業を代々経営している。特別高貴な身分ではないが、生活で困ったことはない。欲しい物、望む物、全てを手に入れることが出来た。
私は、その家の長男として生まれた。ゆくゆくは、私は経営者になる。その為の教育を、生まれた頃からずっと受けてきた。私の人生は、家の為だけにあった。用意された道を進むこと、それに意義があると感じて生きてきた。
「それが……お前の悩みか?」
「それ自体は悩みではありません。受け入れてきたことですから。しかし、関係がない訳ではありません。間接的には……関わってくるのです。私の家では、親と決めた人と結婚するというしきたりがあります。そして、私の結婚には我が一族の未来を決めるくらい重要事項が込められているのです。家かメアリーか、悩んだ末に父に相談したら、許婚以外との結婚は絶対に許さないと怒られてしまいました。長男としての自覚を持てと。家の決まりに歯向かうのであれば、勘当だと。ですが、私は――許婚の彼女を愛せないのです」
そう、私はどうしても許婚のことを愛せない。彼女は、悪い子じゃない。そこら辺の女性よりもずっと魅力的だとは思う。もしも、メアリーとさえ出会わなければ――こんなに長い間葛藤することもなかっただろう。
メアリーは、その許婚よりもずっと魅力的で愛らしい。ずっと傍で一緒にいたいと思うのは、メアリーの方だ。
「なるほど、それは難しくて複雑な問題だな」
先生は腕を組み、困ったような表情を浮かべる。無理もない。この気持ちを共有出来る人物は、このご時勢中々いないだろう。
(嗚呼、どうせそうだ。私と同じような境遇にある者がいるのは知っている。知り合いでは、マイケルやマリーがそうだ。けれど、彼らは許婚を愛している。私の気持ちを理解出来るような立場ではない。こんなに苦しい思いをしているのは、私だけ……)
「色んな奴の人生を見てきた俺から、はっきりと言わせて貰う! お前の人生は、誰の物でもない。お前自身の物だ!」
先生は、私に人差し指を突き刺すような勢いで向けた。あまりの気迫に、私は吹き飛ばされてしまうかのような錯覚に襲われ、ふらついた。
「私の人生……は私の物?」
「そうだ。お前が本当に愛しているのは、メアリーなのだろう。そんな中、嫌々結婚させられる婚約者の気持ちも考えてやれ。どちらの選択が、お互いの最終的な幸せに繋がるのか。お前は従順過ぎる。少しは悪くなれ。お前はお前の人生を……歩めばいい。それが生きるってことだ。自由に生きてみろ。そしたら、ちょっとは違う世界が見えてくるんじゃねぇのか。それで分かるはずだ。お前にとっての、最良の選択が」




