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そのクッキーには価値がある

―アーリヤの邸宅 夕方―

「……あの子供に、こだわる理由が理解出来ませんわ」


 怒りを孕んだ声で、ドールが言った。抱き寄せられていた為、彼女の表情はよく見えなかったが、馬鹿にされていることだけはよく分かった。不快感を覚えた僕は、彼女の体を押し上げて距離を取る。


「どうせ、君には分からないさ。今を構成する過去の一部がないということが、どれだけ恐ろしいか」


 僕が切り捨てようとしているのは、土台の上にしっかりと支えられた過去。逆に今、僕がいるのは宙ぶらりんの今。不安定で、いつ崩れてしまってもおかしくない。そこにアーリヤ様が垂らしてくれた糸があったから、立っていられた。

 だから、考えまいとしていた。宙ぶらりんだと不安定だと感じてしまうのは、僕のせいだ。しかし、無理だった。支えになっていた糸は、切れそうになっていた。


「キングにとって不利益しか被りませんわ。私達にとって重要なのは、自分達の今と未来。それ以外に――」

「うるさい」


 余計なおしゃべりがとまらないドールの口に、僕は人差し指を当てた。すると、彼女は目を見開いて硬直した。まさか、僕がそんな行為をするとは思わなかったらしい。


「あんまりうるさいと……このクッキーあげないよ?」


 僕は魔法で隠し持っていた、例の茶色いクッキーを彼女の前にちらつかせる。


「これは……あの……!」


 ドールは、ようやく言葉を思い出したかのように声を発した。そして、震える手で茶色いクッキーに触れる。


「君の為に作ったんだよ。茶色いクッキーをね」

「あぁ! 忘れているのかと思いましたわ……今まで誰一人作ってなどくれなかったものですから……」

「僕は、他の者とは違う。違うんだよ。さあ、食べてみるといい」


 僕は笑みを作り、彼女の目をじっと見つめる。


「は、はい! 頂きます!」


 彼女はどこか懐かしいものを見るような目で、クッキーをゆっくりと口に運ぶ。


(美味しいのだろうか? ただの失敗した焦げたクッキーなのに。美味しい要素は、正直どこにもないと思うけど)


 その味をしっかりと確かめるようにして、噛み締めるドール。そんなに味わって食べるほどのものではない。というか、味わって食べたら気分を悪くするものだと思う。


「あの、もっと頂いてよろしいでしょうか?」


 しかし、ドールは顔色を悪くするどころか幸福に満たされた表情を浮かべる。


「へぇ……」


 驚いてしまった僕は、思わず声を漏らしてしまった。


(やはり味覚はないのか? 何が美味しくて、不味いものなのかも分かっていない……とか?)


 所詮、彼女は人形だ。どこまで、感覚があるのかが分からない。アーリヤ様にどこからどこまで与えられて、動いているのか。


「駄目でしょうか?」

「いいや、構わないよ。というか、全部貰ってくれ」


 こんなゴミ同然なものを持っていても仕方がない。望んで受け取ってくれる者がいるのなら、喜んで譲渡しよう。ただし、これに価値がある限りタダではいかない。


「身に余る光栄ですわ!」


 ドールは喜びを滲ませながら、再び僕を強く抱き締めた。


「それで? クロエはどこにやったんだい?」

「それは……」

「教えてくれないなら、クッキーはもうあげないよ」

「ずるいですわね。はぁ……分かりましたわ。あの子供は、コットニー地区の外に追い出しましたの。何も害は与えておりませんわ」

「そうかい。分かったよ。ありがとう」


 うっかり、流してしまった涙も乾いた。僕は次の目的の為に、行動を起こさなければならない。時間はないのだから。

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