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夕闇の歌

―ドール アーリヤの邸宅 夕方―

 私はソファに座り、キングを私の膝を枕にして眠らせていた。


(私達に過去なんて必要ありませんわ……)


 真っ青な顔で、苦しそうな表情で眠るキング。私は、そんな彼の頭を優しく撫でる。


(過去なんて邪魔なだけ。私達を縛るだけですわ)


 過去を振り返った時、辛かったことや苦しかったこと、悲しかったことばかりが先に思い出されるなら尚更だ。どれだけ楽しいことがあっても、悲しみに飲み込まれてしまうのならなかったことにした方がいい。

 永遠に、アーリヤ様と共に――自分達以外の皆が不幸を背負う世界で生きていけばいいのだ。


「ずっとずっと……辛かったのでしょう。誰よりも不幸を背負ったキングには幸せになる権利がありますわ」


 キングの頭を撫でながら、ふと私は窓から外を見た。空は、オレンジから黒に変わろうとしている。こんな風景を見ていると、あの歌を思い出す。


「The Evening Moon~♪ 月が闇を誘う、世界を夜の帳に包みゆく♪ 飲まれる前に、手を取り合って愛する家族の下に帰りましょう♪」


 誰の作った歌なのか、私には分からない。ただ、私がここで目を覚ました時からずっと頭の中にある歌だ。理由もなく歌いたくなる時もあれば、夕暮れを見て歌ってしまう時もある。知っているのは、ここのフレーズだけ。何度も反復して歌い続けている。


「……ドール?」


 すると、キングがゆっくりと目を開けた。焦点の定まらぬ目、意識はぼんやりとしているらしい。


「申し訳ありません、キング。起こしてしまいましたか?」

「いや……気にしなくていい。それより、クロエは……?」


 目を覚ますなり、あの小娘のことを口に出す。あの子供は鬱陶しいハエのようなもの。だから追い払ったというのに。


「忘れて下さいな。もはや、あれは不要でしょう?」

「不要なんかじゃない。僕にとって、あれはとても……!」


 焦りに満ちた表情で、彼は身を起こそうとした。刹那、痛みに顔を歪ませる。無理もない、アーリヤ様にとっての毒を掘り返されたのだから。

 私やキングは、アーリヤ様と密接に繋がった状態だ。毒に蝕まれてしまったら、中々回復することは出来ない。だから、過去など思い出すべきではないのだ。考えるべきではないのだ。

 それが出来ないキングや他の者達のことが、私にはよく分からない。放棄すればいいだけなのに。特別なことでも何でもない。


「大切な……鍵なんだっ!」


 彼の目には、涙が浮かんでいた。その目から感じるのは、悲しみ。ただそれだけだった。


「キング……」


 私は、少しでも不安を取り除けるようにそんな彼をそっと抱き寄せた。人にとって、温もりに触れることは重要であることを私は知っているから。

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