王の過去
―アーリヤの邸宅 夕方―
あれから少し経って、クッキーと鎖に繋がれたクロエを持って、ドールを探していた。
「普通に考えて、あんな焦げたクッキーを欲しがるものなのかしら? 私だったら何があってもいらないかなぁ。ねぇ、巽君。やっぱり、聞き間違いとかじゃないの?」
クロエは、怪訝そうな表情を浮かべる。
「さあね? これを欲しがってるのは普通とはかけ離れた存在だからさ」
「どういうこと?」
「それはね……フフ。実際に見たら分かるかもしれないよ」
「へぇ、楽しみにしてるわ」
この屋敷は結構広い。部屋の数も多いし、一つ一つドアを開けて探さなければならないことを考えると今日中にすら終わらない可能性がある。
その場合、他の誰かを捕まえて部屋を聞いた方が手っ取り早いかもしれない。あまりに遅くなることがあれば、その方向に変える必要がありそうだ。とりあえずは、部屋探索も兼ねて自分自身の力で見つけ出そうと思う。
「それにしても、ここも広いねぇ。ねぇ、退屈だからちょっとお話でもしない? さっきから、ずっとドアを開けては閉めるを繰り返してるだけだし。そろそろ飽きちゃうでしょ?」
(確かに……同じことばかりの繰り返し。味気もないし、もしかしたら会話中にうっかり僕の記憶のことを喋ってくれる可能性もあるかもしれないし)
味気ない単純作業の繰り返しに、意味が生まれてくるような提案だと感じた。
「別に構わないが」
「やった。珍しく乗ってくれたね。じゃあ~何の話をしようかなぁ。あっ、そうだ! ねぇねぇ、本当の王様ってどんなことをするの?」
「僕に対する嫌がらせか何かか? そんな質問をしてくるなんて……」
王であった過去、僕はそれを断ち切った。出来れば、思い出したくない事実だ。それを思い出させてくる人物ばかりが周りにいることと、すぐに過去と今を繋げてしまう僕の思考のせいでそう簡単にはいかないが。
「それもちょっとある、けど……普通に興味があるんだよね。生まれた頃から全てがある人ってどんな生活を送るんだろうって。美味しい食べ物に豪華な建物、立派な装飾品……安心出来る場所があるってどいうことなんだろうって」
「やっぱり、そういうイメージなんだね。無理もないけど」
王族に生まれたから、まるで永遠の幸せが保障されていると思われる。勿論、恵まれた立場であることは理解している。
しかし、無条件に安定したものが与えられる訳でもない。また、それが王族にとって幸せであるとも限らない。
「常に見られている。行動に制限がある。自由はない。多くのことを要求される。それに応えなければならない。自分自身を犠牲にして、守らなければならない。とても重い……幸せなんてどこにあるのか分からない。少なくとも、僕には向いていない職業だよ。もしも、王族にさえ生まれていなければ……なんて思ったこともある。特に王になってからは、毎日が不安だった。周りが全て敵に見えたこともあった。王になったばかりの頃は、人間不信になってね。毒を盛られているんじゃないか、突然襲われるんじゃないかってことも常に頭にあった。怖くて怖くて……たまらない日々だったよ」




